巡回上映の記録 2011年5月 ドイツ

2011/05/02 ベルリン・フンボルト大学(マーカス・メスリング、斉藤渉、大河内泰樹)


2011/05/02 ベルリン・フンボルト大学(マーカス・メスリング、斉藤渉、大河内泰樹)



2011年のゴールデンウィークはドイツに滞在し、映画「哲学への権利」の上映を4か所で企画している。東のベルリンから西のボッフムまで連日ドイツを横断しながら、4つの大学で上映・討論をおこなう。共同研究者である斉藤渉氏(大阪大学)と大河内泰樹氏(一橋大学)が同行している。


(「ユダヤ人犠牲者記念館」――ブランデンブルク門付近に設立された2711本のコンクリート製のブロックのモニュメント。ブロックの高さと床面が不揃いなので、歩行すると不安定な気分になり、断続的で不均衡な時空の感覚を覚える。地下にはホロコーストの史実を解説した展示室がある。モニュメントは犠牲者追悼のためのものだが、極度に重々しい雰囲気はなく、市民がブロックの上で談笑している姿もみられる。)


(「ユダヤ博物館」――ダニエル・リベスキンドの建築で知られる、2001年開設の博物館。「ホロコーストの軸」「亡命の軸」「持続の軸」と呼ばれる地下通路で構成されており、「空虚(Void)」と呼ばれる空っぽの空間が建物の随所を貫く。この「空虚」は大虐殺がもたらしたユダヤ人の空白を表現する。とりわけ、「記憶の空虚」と呼ばれる場所に設置された彫刻家メナシェ・カディシュマンのインスタレーション「落ち葉」が圧巻。)


(左・フィヒテ、右・ヘーゲルの墓石)



フンボルト大学は、教育改革者・言語学者ヴィルヘルム・フォン・フンボルトによって1810年に設立された近代の代表的な大学。「研究と教育の統一」や「大学の孤独と自由」といったフンボルト理念が、近代的大学の理念として伝播したとされる。5月2日の映画ホールでの上映会には、若きフンボルト研究者マーカス・メスリング(Markus Messling, ポツダム大学)が登壇し、40人ほどが参加した(企画運営・今崎高秀)。


(マルクスのフォイエルバッハ・テーゼ「哲学者たちは世界をさまざまに解釈してきただけである。肝心なのは世界を変革することである」が刻まれた中央階段。)



マーカス・メスリングのコメントは示唆的だった。ドイツではハーバーマスの批判もあってフランス現代思想は過小評価されており、90年代になってやっとポストモダン思想という括りで正当に受容され始めた。フランス現代思想は政治的な含意を込めて解釈されることが多いが、本映画にはデリダを脱政治的に理解する可能性があるのではないか。また、本映画にはデリダやその時代に対するメランコリーが漂っている。それは監督・西山自身のメランコリーでもあるだろう。デリダに影響を受けたメスリング氏自身もまた、このメランコリーを共有している。偉大な哲学者がもういない、というメランコリーから何を自覚的に学ぶべきだろうか。いかに抵抗すべきだろか。このメランコリーへの抵抗を試みない限り、次世代の哲学への希望はないだろう。


(メスリング、西山、大河内、斉藤)

ドイツでの最初の上映が無事に終わり、18人ほどで懇親会が盛り上がった。翌朝からライツィッヒに移動し、連日の巡回上映が始まる。

2011/05/03 ライプツィッヒ大学(ウルリッヒ・ヨハンネス・シュナイダー、小林敏明、斎藤渉)


2011/05/03 ライプツィッヒ大学(ウルリッヒ・ヨハンネス・シュナイダー、小林敏明、斎藤渉)



5月3日、ICE特急列車で約1時間移動して、中世以来の学芸の町・ライプチッヒに到着。商業や金融で栄えてきたこの小都市では、17世紀に印刷や出版も盛んとなり、長い間ドイツの出版物の半数がこの街で印刷されていた。トーマス教会専属のオルガン奏者兼指揮者としてバッハが長年活躍したことでも知られている。


(トーマス教会前のバッハの銅像)

(ライプチッヒ大学図書館)

(哲学科前の掲示板)

ライプチッヒ大学はハイデルベルク、ケルンに次いでドイツで3番目に古い。アルベルチーナ図書館のホールにて映画が上映され、30名ほどが参加した。討論では、同大学のウルリッヒ・ヨハンネス・シュナイダー(Ulrich Johannes Schneider)、小林敏明、斎藤渉が登壇した。(企画運営:Fabian Schaefer)



学生時代、フーコーのもとで研究していた図書館長のシュナイダー氏は、1989-92年に国際哲学コレージュのディレクターを務めていた。ドイツでフーコーは冷遇されていたため、優れた業績に恵まれながらも、シュナイダー氏はなかなか正規ポストに就けなかったという。最終的に得た図書館長職は、ドイツでは副学長にも匹敵する役職である。

シュナイダー氏は、哲学のための自由な場所を創設するというデリダの意図は、映画で十分に表現されているが、その背景を説明しておきたい、とした。ドイツと比べて、フランスでは高校や大学で哲学はやはり高い地位にある。哲学の活動を根本的な仕方で開放するためにデリダは尽力した。例えば、コレージュの国際性は当時、革命的で非凡な試みである。デリダはテクストそれ自体にこだわり、自明にみえるテクストの繊細な読み方によって哲学を開放したと言える。ドゥルーズが哲学以外のものとの関係において哲学を見い出したのに対して、デリダは哲学の核心にとどまり続けることで哲学の外部へと抜け出したのではないか。その意味で、デリダはたんに哲学的な態度を貫いただけでなく、哲学を急進化することできわめて政治的な振る舞いをも示したと言える。次回はこのデリダ哲学の政治的な急進性に関する映画を製作していただきたい。



斉藤渉は、「なぜ日本人研究者がフランスの国際哲学コレージュに関する記録映画を製作しなければならないのか」と疑問を抱くかもしれないドイツの聴衆に対して、個人的な注釈を加えた。本作を観ると、研究教育をめぐる制度と権力の関係に気づかされる。斉藤自身は監督・西山と同世代で、日本の大学改革という共通の経験をもつ。そうした経験を経て映画を上映し続ける「勇気」に、聴衆は共鳴することができるのではないか。

小林氏は、60年代を経て日本では哲学の寺子屋や水俣病に端を発する自主講座が在野に開かれたが、そうした大学制度外の知的運動体をどう考えるのかと問うた。また、デリダとハーバーマスが比較されて、文学と政治の対立で評価されることがあるが、本映画を観て、教育への政治的介入という点でデリダの方がある意味で政治的に成功していたのではないか、とコメントした。



討議は、通訳者を立てずに、参加者全員が理解できるように、話者自身が順次2か国語で話すという方式で実施された。登壇者と聴衆はドイツ語+日本語、ドイツ語+英語、英語のみ、と各自が異なる仕方で議論をした。効率は多少悪いかもしれないが、その都度、異なる音調と音色で言葉が交わされる緩やかな経験は興味深く、古都ライプチィヒの落ち着いた雰囲気とどことなく調和している気がして心地良かった。

2011/05/05-06 ボッフム大学、ヴッパータール大学


2011/05/05-06 ボッフム大学、ヴッパータール大学



ライプツィヒからICE特急列車で東から西へと7時間の移動。フランクフルトで列車を乗り換え、ライン川沿いの古城と葡萄畑を眺めながら、北上してヴッパータールに到着した。ヴッパー河を挟んで両側に山稜が広がるヴッパータールはルール地方の小都市。河の上方を世界でも珍しい懸垂式モノレールが駆け抜けていく。遊園地でお目にかかるような二両編成のその実に愛らしい姿と、左右に揺れながら走行する車内での不思議な感覚はとても印象的だった。


(ヴッパー河上を走る懸垂式モノレール)


(フリードリヒ・エンゲルスの家。エンゲルス家は5軒を所有していたが、現在はこの小さな家しか残っていない。)


5日にボッフム大学、6日にヴッパータール大学において、エラスムス・ムンドゥス(ユーロ・フィロソフィー)・プログラムの学生団体の主催で、フォーラム「哲学の制度」が開催され、両日の最後に映画が上映された(企画運営:長坂真澄。のべ35名の参加)。


(巨大な総合大学・ボッフム大学。)


エラスムス・ムンドゥスは、世界各国の修士課程の学生を対象にドイツ・フランスの哲学の習得を目的とする。選抜された少数の学生たちは、フランス・トゥルーズ大学、ドイツ・ヴッパータール大学、チェコ・プラハ大学、ベルギー・新ルーヴァン大学などを毎学期移動しながら、独仏語で哲学を学ぶ。この回遊的な知のプログラムは2007年に開始され、これまでに意欲的な日本人学生が5名参加している。詳細はこちら


(山の丘にあるヴッパータール大学。どことなく神戸大学を思い出した。)

(大河内氏に対するラズロ・テンゲイ教授の質疑。テンゲイ氏の故郷・ハンガリーでは昨年来、右派フィデス政権によって哲学者が迫害されている。言論の自由を制限するメディア規制法が可決されたが、これに抗議するアグネス・ヘラーら哲学者たちは研究補助金の不正使用の嫌疑をかけられて告訴された。テンゲイ氏は国内外に公開書簡を送って支援を呼びかけ、大河内氏は日本で賛同署名をおこなった。この日は集まった200筆以上の署名がテンゲイ氏に手渡され、哲学者弾圧の現状を聞くことができた。〈哲学への権利〉は自明のものではない。詳細は、HP「ハンガリー政府による学術への政治介入と哲学者への攻撃について」、大河内泰樹「ハンガリーで哲学者迫害」『週刊金曜日』2011年4月15日号を参照。)

フォーラム「哲学の制度」では、主にエラスムスの修了生が集い、フッサール、デリダ、フィンク、フーコー、アーレント、アルチュセールなどに関する発表が並んだ。同行した大河内泰樹もまた、発表「世俗化、国家、哲学――ヘーゲルにおける大学の世界史的規定」をおこなった。エラスムスの修了生によるフォーラムだけあって、発表・質疑応答はドイツ語とフランス語で柔軟におこなわれた。



科研費の資金を用いて海外で学術的催事を開催する場合は、問題が起こらないように細心の注意を払う。東から西へと移動しながら、慣れないドイツでの4回の上映会が無事に終了した。企画運営を引き受けてくれた現地の方々、同行してくれた方々にはあらためてお礼を申し上げたい。