首都大学東京 理工学研究科分子物質化学専攻 生物化学研究室

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研究内容

液体クロマトグラフィー(LC)を基礎とするプロテオーム解析

次は得られたペプチドの質量を測定します。ここで、タンパク質を消化したペプチドの質量からどうしてタンパク質が同定できるのか、簡単に説明しましょう。

これまで、ゲル電気泳動法を基礎にしたプロテオーム解析法について簡単に述べてきました。ゲル電気泳動法は比較的簡単に多くのタンパク質を分離できる技術で、世界中の研究室で広く使われていますが、次のような欠点があります。

自動化が難しく、操作に熟練が必要。

自動化は分析の効率を上げるためだけでなく、人為的なミスや汚染を避け、再現性を高めるために重要です。

適用できるタンパク質に多くの制限がある。

分子量が100 kDa を超えるような大きいタンパク質や8 kDa 以下の小さいタンパク質、塩基性のタンパク質の分離が難しく、水に溶けにくい膜タンパク質などはさらに分離が困難です。

そこで、これらの欠点を補い、自動的に効率良く、より広範囲のタンパク質の分析に適用できる「液体クロマトグラフィー」を基礎にしたプロテオーム解析法が開発され、さまざまな目的に用いられるようになってきました。「液体クロマトグラフィー」は英語では、Liquid Chromatography (略して LC)と呼ばれ、50 年以上も前からさまざまな生体物質の分離や分析に広く用いられてきました。次にはこの LC 法をプロテオーム解析法として利用する最新の方法を紹介しましょう。

タンパク質同定の原理

PMF法は、正確なアミノ酸配列情報を得ることなくタンパク質を同定できる新しいタンパク質同定法です。これと並んで、高性能の質量分析計を利用し、ペプチドの質量値と部分的なアミノ酸配列情報からタンパク質を同定する方法があります。「ペプチド・シークエンスタグ法」と呼ばれるその方法は、1台の装置に直列に繋がった3つの質量分析室(MS1, 2, 3)をもつ特殊な質量分析計を使って行います。

この方法では、まずペプチド混合物から、MS1 で特定の質量をもつペプチドイオンだけを選択して MS2 に導入します。MS2 にはあらかじめ少量のアルゴンガスを入れておきます。MS2 に入ったペプチドは、アルゴンガスの分子と激しく衝突して主に結合力の弱いペプチド結合の部分で解裂し、さまざまな長さに断片化したフラグメントイオンを生成します。

これらのフラグメントイオンを最後に MS3 で質量分析することで、もとのペプチドの部分的なアミノ酸配列情報を得ることができます。最初に測定したペプチドの精密な質量と部分アミノ酸配列をもとにしてゲノム情報から特定のタンパク質を検索し、同定するのが「シークエンスタグ法」です。1回の分析で2度の質量分析を行うので、タンデムマス法あるいは MS/MS 法とも呼ばれています(図)。アミノ酸配列情報が得られるので同定の信頼性が高く、精度の高い質量分析計を使用すれば、たった1つのペプチドからもとのタンパク質を同定できることが大きな特徴です。膜タンパク質などの不溶性タンパク質からも、1つくらいは水に溶けるペプチドが生成することが多いので、従来は難しかった細胞膜受容体などの膜タンパク質も同定できる可能性が飛躍的に高まります。

LC-MS法(ショットガン法)

シーケンスタグ法を利用したタンパク質の同定は、PMF法と同様に「ペプチド」の分析をもとにしています。しかし、PMF法と大きく異なる点は、この方法では分析するタンパク質が均一でなくとも、タンパク質を同定できるということです。

すなわち、タンパク質試料を混合物のままプロテアーゼで消化し、生成した複雑なペプチド混合物を分析することで、もとの試料に含まれるタンパク質を数多く、効率良く同定できるのです。数千、数万のペプチド混合物を LC で分離しながらオンラインで質量分析計に導入し、1つ1つのペプチドを MS1 で自動的に選択しながら次々にMS/MS 分析して同定を繰り返して行きます。

シーケンスタグ法を採用した LC-MS/MS 法は、まるで西部劇で見る散弾銃が1度に多くの弾丸を発射して的を射抜くような様子でタンパク質を次々と同定して行くので、「ショットガン法」とも呼ばれています(図)。従来の方法のようにタンパク質を分離する必要がなく、しかもペプチドを標的にしてタンパク質が同定できるということは、分離が難しい膜タンパク質や、極端な大きさ化学的な性質をもつタンパク質の分析にも適用できることを意味しています。今までの研究から、実際にショットガン法は電気泳動法の欠点を補う優れたプロテオーム解析法であることが実証されています。

ちなみに、当研究室が開発を進めている世界最先端の LC-MS/MS システムでは、5マイクログラム(100万分の5グラム)ほどの超微量の生体試料を使った1回の分析で、その中に含まれるおよそ 1,000 種類のタンパク質を同定できます。

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