首都大学東京 理工学研究科分子物質化学専攻 生物化学研究室

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研究内容

プロテオーム解析

注目する生命現象に関する情報をプロテオームの解析によって得ようとするとき、そのアプローチは犯罪捜査になぞらえることができます(図)。まず、事件現場にいたすべての人をリストアップするプロファイル捜査です。「事件」に例えられる生命現象の原因つまり「犯人」は、事件現場にいるはずだという「容疑者のアリバイ捜査」のような論理がプロテオーム解析の基盤となっています。

よく似た事件のアリバイ捜査で得られた容疑者リストや犯人のプロファイルと比較すれば、怪しい容疑者が見つかるかもしれません。容疑者が浮かび上がったら、次はこの容疑者の交友関係を調査します。生命科学の研究では、容疑者としてリストされたタンパク質の「相互作用因子」を調査することになります。この分析は個別の遺伝子やタンパク質の分析法が基礎になっていますが、1つ1つの分析で浮かび上がった交友関係を「芋ずる式」に連鎖的に辿ることで事件の全貌を明らかにするアプローチがプロテオーム解析の守備範囲になります。事件の容疑者をリストアップする研究を発現プロテオミクス研究、容疑者の交友関係の調査から容疑者全員のネットワークを明らかにし、事件の原因に迫る研究を機能プロテオミクス研究と呼ぶことがありますが、ここでは、これらの分析の基盤となる技術や原理を解説します。

プロテオーム解析のアプローチ

発現プロテオミクス研究

ある状態の生体試料を構成するタンパク質セット(プロテオーム)を網羅的に同定して特性を解析し、別の状態に変化した試料のプロテオームと比較することで、特定の生命現象に関わるタンパク質を探し出そうとする戦略で、「発現プロファイル研究」とも呼ばれています。

例えば、がんの発生に関係するタンパク質を探すために、がん組織のがんの部分、正常部分、中間(初期がん)の部分、などのプロテオームを比較する、といった研究方法です。

機能プロテオミクス研究

事件現場にいた人でも、その風貌を見ただけでは犯人と決めることはできません。がんの発生初期の組織に特徴的に見出されたタンパク質は、事件の容疑者として、さらに追跡調査が必要になります。このときのアプローチのひとつが交友関係の調査、すなわち相互作用解析です。まず、容疑者に気が付かれないよう、特別な標札(タグ)をつけて泳がせます。容疑者はいつものとおり、自分のテリトリーに行って、友人や共犯者とあったり、連絡を取ったりします。相互作用しているのを見計らって、タグを引き上げると、犯人とその一派を根こそぎ吊り上げることができます。

このようにして摘発した事件関係者を質量分析法などのプロテオーム解析法を使ってまるごと同定すれば、犯罪組織の全貌と事件の原因を明らかにできるかもしれません。このような考え方で研究を進める戦略が機能プロテオミクス研究です。

三種の神器; プロテオーム解析を支える基礎技術
(高度分離技術、質量分析技術、ゲノム情報技術)

ヒトの場合、ゲノムに記録された遺伝子の総数は約25,000であることがわかりましたが、ひとつの細胞、組織、あるいは個体で、生命活動のある瞬間に活動している遺伝子の数は、どのくらいあるのでしょうか? この答えはまだ得られていませんが、すべての遺伝子がいつも活動しているとは考えられていません。

ではタンパク質はどうでしょう。もしかしたら、活動している遺伝子は全遺伝子の何分の一かもしれませんが、そうだったとしても、ひとつの遺伝子から、RNAへ転写する時の読み方の違い(アルタナティブ・スプライシングと呼ばれています)やタンパク質へ翻訳された後のさまざまな修飾(プロセシングと呼ばれるペプチド結合の切断や糖鎖の付加、リン酸化などが知られています)によって複数のタンパク質分子種が生成されることが知られています。したがって、プロテオームは非常に複雑な混合物だと考えられます。

また、ゲノムは多数の遺伝子から構成されていますが、基本的には1つ、またはいくつかの一続きの分子(ヒトでは基本的な22本の染色体と男女で異なる性染色体2本)に含まれ、量的にも等量ずつ存在するのに対して、その生成物であるタンパク質の種類は膨大で、存在量もまちまちです。さらに、DNAが4種のヌクレオチドから構成されているのに比べて、タンパク質は大きさや電荷、化学的な特性が異なる20種類のアミノ酸から構成されており、長さも100〜10,000個を超えるものまであって非常に多様性に富んでいます。

したがって、一般に生体に由来するタンパク質試料は非常に複雑な混合物となり、一括した取り扱いはきわめて困難なものになります。プロテオーム解析の第一歩は、この中に含まれるタンパク質を網羅的に同定することです。現在、プロテオーム解析で行われているタンパク質の同定法は、次の4段階からなっています。

  • タンパク質の分離精製
  • プロテアーゼ等による断片化
  • 生じたペプチドの質量分析(MS、MS/MS)
  • データベース検索によるタンパク質同定

では、それぞれを順に解説しましょう。

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