『人文学報』(フランス文学)
東京都立大学(2019年までは首都大学東京)
ISSN0386-8729
西山雄二・責任編集の部分を以下に掲載

2020年 第517-15号

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特集=ジャック・デリダの脱構築の現在
はじめに  西山雄二
生物学に対する哲学的抵抗の脱構築  カトリーヌ・マラブー
プログラムを読む──デリダによる生物学の脱構築  フランチェスコ・ヴィターレ
これ以上、歴史を語らないで──デリダと哲学史の問題  エドワード・ベアリング

小特集=ジャン=リュック・ナンシーの芸術論
はじめに 西山雄二
さまざまな形への欲望  ジャン=リュック・ナンシー&ジネット・ミショー
陰翳の戯れ  ジャン=リュック・ナンシー

感染症に抵抗する人間——八丈島にてカミュ『ペスト』を読む  西山雄二


2018年 第515-15号

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特集=68年5月

はじめに 西山雄二
68年5月から遠く離れて――五月の出来事を記念すること 西山雄二
【68年5月/文学】
1968年5月-6月の文学的前衛(アヴァンギャルド)におけるエクリチュールの政治と集団の体制 ボリス・ゴビーユ(訳=関大聡)
【68年5月/キリスト教】「時のしるし」としての68年5月 伊藤潤一郎
【68年5月/移民】移民との連帯――アルジェリア戦争から68年5月へ 大嶋えり子
【68年5月/女性】性の差異と平等――1968年とフランスにおける女性解放運動(MLF) 佐藤香織
【68年5月/美術】1968年5月のパリ国立美術学校――アトリエ・ポピュレールのポスターをめぐって 齋藤達也
【68年5月/ファッション】女性にパンタロンを!――イヴ・サンローランと1968年 菊田琢也
【68年5月/映画】シネトラクトせよ! 須藤健太郎(訳・解題)

2017年 514-15号

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ジョゼフ・コーエン、ラファエル・ザグリ=オルリ来日講演
ジュダイズムはヒューマニズムか
哲学が別の仕方で方向づけられるとき
「脱構築」について語られていること――ジャック・デリダ『グラマトロジーについて』ヘブライ語訳序文

人文書出版と業界再編――出版社と書店は生き残れるか 小林浩
アウシュヴィッツ以後の脱構築 ジャック・デリダ×ミハル・ベン=ナフタリ
注釈 ジャン=リュック・ナンシー
ウエルベック批評の十年 サミュエル・エスティエ

2016年 513-15号

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特集=ジャン=リュック・ナンシーの哲学の拍動(責任編集=西山雄二、柿並良佑)
はじめに 西山雄二
キルケゴール──ジャン=リュック・ナンシーへの問い ジャン=リュック・ナンシー(訳=伊藤潤一郎)
変容、世界 ジャン゠リュック・ナンシー&ボヤン・マンチェフ(訳=横田祐美子)
民主主義の執拗さ ミゲル・アバンスール、ジャン゠リュック・ナンシー、ジャック・ランシエール(訳=伊藤潤一郎)
ジャン゠リュック・ナンシーの「キリスト教の脱構築」をめぐって(訳=松田智裕)
1)『脱閉域』(オリヴィエ・ペーターシュミット) 2)『アドラシオン』(フィリップ・ロールバッハ) 3)応答(ジャン゠リュック・ナンシー)
非恋愛論 « Ceci n’est pas un (traité de l’) amour » – de Jean-Luc Nancy 柿並良佑
時間、自己触発、固有性──超越論的感性論をめぐるジャン=リュック・ナンシーとジャック・デリダの討論 市川崇
近接と対立――モーリス・ブランショ『明かしえぬ共同体』の試練にかけられるジャック・デリダとジャン=リュック・ナンシー ジゼル・ベルクマン(訳=市川博規、亀井大輔)
世界の欲望──ジャン=リュック・ナンシーと存在論的エロス ボヤン・マンチェフ(訳=横田祐美子)
「姿を現す=描かれるものは……」──四つの特徴−線によるジャン=リュック・ナンシーの〈感性学〉  ジネット・ミショー(訳=吉松覚)

国際連続セミナー「文学と愛」
はじめに 西山雄二
激情的な愛から昇華された愛へ──『マノン・レスコー』と『新・エロイーズ』 ジゼル・ベルクマン(訳=藤原真実)
マルシリオ・フィチーノとプラトニック・ラブ ジョスラン・グロワザール(訳=藤原真実)
愛の悪霊 ダリン・テネフ(訳=橋本智弘)
愛の地政学──『蝶々夫人』の変身 デンニッツァ・ガブラコヴァ(訳=栗脇永翔、中村彩) 
デンニッツァ・ガブラコヴァ「愛の地政学」への応答 荒木典子、大杉重男 
「愛せ、さもなくば去れ」? ──マグレブ系フランス人による文学からの回答 下境真由美

2015年 512-15号

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国際連続セミナー「文学と死」
はじめに 西山雄二
演劇における死──遺骸と幽霊 ブリジット・プロスト(訳=榎本恵子)
ブリジット・プロスト「演劇における死」への応答 高橋博美、榎本恵子
魯迅の散文詩「死後」について デンニッツァ・ガブラコヴァ(訳=栗脇永翔、中村彩)
デンニッツァ・ガブラコヴァ「魯迅の散文詩「死後」について」への応答 荒木典子、大杉重男
「あなたは私の死だった」──文学のなかの死 ダリン・テネフ(訳=南谷奉良)
ダリン・テネフ「あなたは私の死だった」への応答 南谷奉良、山本潤

パトリック・ロレッド来日講演「ジャック・デリダの動物哲学」
はじめに 西山雄二
死、動物そして触覚──デリダによるハイデガーの動物の脱構築 パトリック・ロレッド(訳=桐谷慧)
人間の倫理は供犠的か――倫理の脱構築をめぐるデリダとレヴィナスの論争 パトリック・ロレッド(訳=横田祐美子)

テクストと生物──生物学と脱構築のあいだのジャック・デリダ フランチェスコ・ヴィターレ(訳=西山雄二、小川歩人)

2015年 511号

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ジャック・デリダ没後10年
はじめに 西山雄二
民主主義の恒常性と一貫性 ジェローム・レーブル(訳=松田智裕、横田祐美子)
デリダとランシエールにおける民主主義と他者の問い 亀井大輔
ドゥルーズとデリダ、両者の運動は同じではない…… ジャン=クレ・マルタン(訳=大江倫子、西山雄二)
「最後のユダヤ人」デリダ、ユダヤ教とアブラハム的なもの  ジゼル・ベルクマン(訳=佐藤香織)
供儀に捧げられた、動物の二つの身体──ジャック・デリダの哲学における動物‐政治概念についての考察 パトリック・ロレッド(訳=吉松覚)
ジャック・デリダ、動物性の詩学──無人間的なものについて  ジェラール・ベンスーサン(訳=桐谷慧)
猫、眼差し、そして死 ダリン・テネフ(訳=南谷奉良)
ダリン・テネフ「猫、眼差し、そして死」への応答 大杉重男、南谷奉良、山本潤
デリダにおける贈与と交換(Derridative) ダリン・テネフ(訳=横田祐美子、松田智裕、亀井大輔)

2013年 481号

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ジゼル・ベルクマン来日講演
はじめに 西山雄二
日本での活動報告 ジゼル・ベルクマン
苦しみと共に思考すること――日本のカタストロフィに関するいくつかの考察 ジゼル・ベルクマン
我々の思考を妨げるもの ジゼル・ベルクマン
思考することを彼は何と呼ぶか?――ジャン=リュック・ナンシーと脱構築 ジゼル・ベルクマン
ジャン=ジャックの読者ジャック、あるいはデリダの「ルソー」 ジゼル・ベルクマン

フランスと日本の高校における哲学教育の現在
はじめに 西山雄二
「デカルトの国」で哲学を教えること――難解だとされる教科の今日的争点 クレール・マラン
リセ最終学年以前への哲学の拡張? アンヌ・ドゥヴァリユー

ゾラン・ディミッチ来日講演
はじめに 西山雄二
カタストロフィと人間性――若さについて ゾラン・ディミッチ
聴こえてくる大学へ ゾラン・ディミッチ



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