Limitrophe(リミトロフ)
東京都立大学・西山雄二研究室紀要
ISSN 2437-0088
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No. 2、2023年、全250頁

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巻頭言 西山雄二

特集 エマヌエーレ・コッチャとの対話——メタモルフォーズの哲学
エマヌエーレ・コッチャ(清水雄大訳)
中山義達、菊池一輝、山根佑斗、人見隼平、上田圭
松葉類「エマヌエーレ・コッチャによるエコロジー批判」
宇佐美達朗「技術論の仕切り直し——『メタモルフォーゼの哲学』からの一般器官学の再考」
下西風澄「「植物の生」は「人間の生」を問い直すか──エマヌエーレ・コッチャの生命論の射程」

特集 ダリン・テネフとともに
「猫をめぐる暴力と形而上学」
「ブルガリアにおける言語モデルと文学研究をめぐる論争」(訳=北川光恵・菊池一輝・塩田典子・米原大起)
「イメージと超越──デリダと構想力の問題」(訳=高波力生哉、佐藤勇輝、竹内大祐、山根佑斗)

特集 ジャン=リュック・ナンシー(柿並良佑 責任編集)
柿並良佑 序言
小田麟太郎「ジャン=リュック・ナンシーにおける「命法的真理」の所在究明——「判断」「自由」「定言命法」を手がかりに」
安藤歴「ジャン=リュック・ナンシーによる「回帰の思考」批判について——「1968年5月」の意味をめぐって」
宗政孝希「ジャン=リュック・ナンシーにおける主体と自己——バタイユとの比較から」
髙山花子「劇場的エクリチュールの声——ナンシー&ラクー=ラバルト『舞台』の対話をめぐって」
村山雄紀「ジャン=リュック・ナンシーの「素描」——王立絵画彫刻アカデミー「色彩論争」の観点から」

翻訳、論考、研究ノート
プリュヴォスト「エコフェミニズム考――サブシステンス・フェミニズムとヴァナキュラー・エコフェミニズム」(ファヨル入江容子訳)
志村響「「星の王子さま」日本語訳対照研究——sérieuxの訳語をめぐって」
菊池一輝「持たざるものをめぐる悲喜劇——ラカン『転移』の『饗宴』読解における愛についての二つのテーゼ」
竹内大祐「バタイユとヘーゲルの終わりなき共犯関係——バタイユによるヘーゲル受容の変遷について」
山根佑斗「ジャン=リュック・ナンシー『単数複数存在』とスペクタクルの存在論」

西山雄二研究室活動報告

巻頭言
西山雄二

 創作活動において、続編や二作目の製作は難しい、と言われる。初回作では、好奇心と衝動に身を任せながら、手探りで徐々に断片が生み出され、洗練されていく。何もないところから、生き物のように何かが形成されていくのを目の当たりにする創作過程は、苦難も伴うとはいえ、喜ばしい経験だ。完成した作品を見て、よくここまで辿り着いたな、という感慨を抱く。初回作の型をある程度反復させれば、二作目はできてしまう。ただ、創作への初々しい衝動が失われ、無難な作品に落ち着いてしまうこともある。
 本誌Limitropheは、昨年夏、大学院生らからの提案を受けて、半年間で怒濤の勢いで制作され創刊された。その勢いが冷めやらぬうちに、2022年春頃から次号の企画の準備が進められた。結果的に企画が膨れ上がり、執筆者が増えてきたので、今年は二冊同時刊行となった。第三号は八木悠允氏の責任編集のもと、ミシェル・ウエルベック特集号となる。それほど大量の編集をひとりでこなせるのかと懸念していたが、みなさんの適切な執筆校閲のおかげもあり、問題なく刊行にこぎ着けることができた。尽力していただいた執筆者のみなさんには感謝申し上げる次第である。

 本号では三人の思想家をめぐって、三つの特集を組んだ。
 まず、エマヌエーレ・コッチャ(フランス、社会科学高等研究院)をめぐる特集。コッチャはアンスティチュ・フランセ東京の招聘で来日し、2022年11月26日、第9回「哲学の夕べ――メタモルフォーゼ」に登壇した。その後、28日に東京都立大学にて「エマヌエーレ・コッチャとの対話〜メタモルフォーゼの哲学」が実施された。若手研究者らがコッチャにフランス語で質問とコメントをぶつけるという企画で、その充実した討論を本誌に収録した。コロナ禍以来、三年ぶりに招聘研究者とともに東京と京都で組まれた学術イベントである。異邦からの同世代の研究者との交流から、未来が紡ぎ出されるを感じられたのは実に充実した経験だった。来日に合わせて、『メタモルフォーゼの哲学』が松葉類・宇佐美達朗の訳で勁草書房から刊行された。本誌では、訳者のお二人に、コッチャの可能性を展開する論考を寄せていただいた。また、コッチャ招聘のためのプレイベントで講師を務めていた気鋭の若手哲学者・下西風澄氏にも斬新な論考を執筆していただいた。

 つぎに、ダリン・テネフ(ブルガリア、ソフィア大学)に関する特集。ブルガリアの文学研究を政治的背景とともに解明する論考、デリダにおけるイメージの問いをめぐる論考を、北川光恵、高波力生哉の両氏のとりまとめによって、学生らが見事に共同で翻訳してくれた。テネフ氏は国際交流基金の枠で家族とともに来日し、東京都立大学で一年間研究滞在をした。彼は西山の演習に参加して、毎週濃密かつ高度な議論を展開してくれた。テネフ氏は学生らとの読書会にも積極的に参加してくれたが、おかげで学生らは実に恵まれた研究教育環境を享受することができた。テネフ氏との学術交流から受けた恩恵は計り知れず、忘れがたい一年である。特集のタイトルを「ダリン・テネフとともに」と銘打ったが、「ともに」には、彼との共同性のもっとも強い意味と意志が込められている。そして、「ともに」は過去形の回顧ではなく、「ダリン・テネフとともに学び続けよう」という未来への確固たる呼びかけと約束でもある。

 そして、ジャン=リュック・ナンシーをめぐる特集。2021年に逝去したナンシーの思想をめぐって、9月16日、イベント「ジャン=リュック・ナンシーの哲学──共同性、意味、世界」を東京都立大学で実施した。その際に登壇した若手研究者のみなさんに発表をもとに寄稿していただいた。責任編集を柿並良佑氏に依頼したが、彼はナンシーに関する高度な学識をもとに、的確に特集を編んでくれた。なお、このイベントと原稿の刊行は東京都立大学学術集会等開催支援の助成を受けている。

 翻訳としては、入江ファヨル容子氏に依頼して、ジュヌヴィエーヴ・プリュヴォストによるエコフェミニズムに関する考察を訳出していただいた。フェミニズムをめぐる最新の動向を知る上で貴重な翻訳と解説になっている。また、今号では、バルバラ・カッサン『ひとつ以上の言語』の一部の翻訳を掲載する予定だった。前期演習にて学生らと読解した、子ども向けの講演録で、佐藤勇輝氏のとりまとめによる共同作業によって訳文は完成していた。フランスの出版社とは交渉したものの、版権の都合上、掲載を見送ることになった。

 論考として、志村響さんに『星の王子さま』の日本語訳対照について、とりわけsérieuxの訳語を分析する文章を寄稿していただいた。多種多様な『星の王子さま』の訳文が比較され、わずか一語をめぐって、緻密で豊かな議論が展開されている。

 研究ノートとして、三名の大学院生に寄稿してもらった。みなさんが修士課程一年でこのような良質な論考を執筆されたことは賞賛に値する。修士論文の完成に向けて大きな礎となるにちがいない。今後も、院生や学部生には研究ノートの執筆を推奨することにしたい。

 大学の研究紀要は往々にして、専任教員だけのルーティン的な冊子になりがちである。商業誌とは異なり、大学紀要は安定的に刊行できる媒体だ。だから、新たな書き手と共同して、新しい企画に挑戦できる場として活用する余地がある。今号も若手研究者らによる優れた仕事から成り立っており、大変喜ばしく感じている。

 最近、ある大学の常勤職に就いた若手研究者(以前翻訳を依頼したことがある方)に、「西山先生がそうされているように、今度は私が若手研究者に活躍の機会を与える場をつくりたい」と言われ、感慨深かった。人文学研究の命脈を保つためのバトンは受け継がれる。若手・中堅研究者との共同作業が発揮される媒体として本誌が機能し続けるようにしたいと気持ちを新たした次第である。