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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#707 段差の高さのわずかな違いに対する感受性(Sakurai et al. 2022)

最近,桜井良太氏(東京都健康長寿医療センター)の研究成果を紹介しました。今回も,桜井氏による高齢者の段差またぎ動作に関する研究を紹介します。

Sakurai R et al. Adaptive locomotion during subtle environmental changes in younger and older adults. Sci Rep 12, 12438, 2022

この研究の目的は,予告なしに段差の高さをわずかに変えたとき,高さの違いに応じたまたぎ動作の修正は起きるのかを検討することでした。高齢者・若齢者とも104名が参加しました。

基準となる段差の高さは15㎝に設定され,参加者はこの段差をまたぎました。その後,参加者に対して「上手く測定できなかった試行があるため,もう一度だけ段差をまたいでください」とお願いしたうえで,高さをわずかに変えた段差(13.5cmもしくは16.5㎝)をまたいでもらいました。このような教示を行うことで,参加者に対して段差の高さを変えたことを気づかせない狙いがありました。段差の高さをわずかに変えた最後の試行を,テスト試行としました。段差の高さに応じてまたぎこす際の足上げの高さ(Clearance height)が調整されるかを検討しました。

結果を次のようにまとめることができます。第1に,年齢を問わず,対象者は段差に対して衝突することのない動作を遂行することができました。第2に,段差の高さを変えることは明示していないため,足上げの高さの調整は無意識的に実施されている可能性がありました。第3に,段差がわずかに高くなる場合(ascending条件),すなわち,高さの変化に合わせて足上げの高さを調整しないと衝突の可能性がありうる条件では,高齢者であってもきちんと調整できました。第4に段差がわずかに低くなる場合(descending条件),足上げの高さの調整がなされたのは若齢者のみであり,高齢者は調整が見られませんでした。

桜井氏は,高齢者の場合,段差の違いに応じた衝突回避動作の修正は安全性を重視して実施され(safety-first principle),力学的な効率性(minimizing energy costs)が優先されるわけではないと解釈しました。すなわち,段差が高くなる場合には衝突のリスクを下げるという安全性の観点から動作が修正され,段差が低くなる場合は,安全性そのものは問題ないため,動作は修正されないという解釈です。

私たちの研究室では,高齢者が衝突を回避する際のオーバーリアクション傾向(すなわち,過度に大きな回避動作を取る)を問題視しています。安全性という意味では機能しうるものの,状況に応じた調整がなされていないことになり,その繰り返しが結果的に調整力低下に結びつくのではないかと考えています。桜井氏の今回の報告は,こうした我々の問題意識とも合致する内容で,大いに参考になる情報でした。


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