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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#704 高齢者の段差またぎ動作における後続脚のクリアランス:認知能力との相関(Sakurai et al. 2021)

本学域の今中國泰名誉教授のもとで博士号を取得された桜井良太氏(東京都健康長寿医療センター)は,高齢者の知覚・認知と運動の問題で数多くの成果を挙げられています。今回ご紹介するのは,エピソード記憶能力や全般的な認知能力が低下している高齢者ほど,後続脚のクリアランスが低くなり,つまずきの可能性が低くなることを示した論文です。

Sakurai R et al. Association of age-related cognitive and obstacle avoidance performances. Sci Rep 11, 12552, 2021, DOI: 10.1038/s41598-021-91841-9.


後続脚が段差をまたぐ際は,視覚的に衝突の有無を確認することはありません。このため,段差に向かうアプローチの最中に獲得される視覚的な記憶の情報が,衝突のない正確なまたぎに必要と考えられています。桜井氏らは,加齢に伴って記憶力,ならびに記憶を伴う全般的な認知能力が低下することが,後続脚の制御に影響する可能性を考え,研究を行いました。

高齢者109名(平均78.1歳),ならびに若齢者107名が研究対象者でした。参加した高齢者はMMSEの評価平均が30点満点中平均28.5点,歩行速度も1.36m/秒と,認知機能・歩行機能共に比較的高い参加対象といえます。

またぎ動作の評価として,先導脚・後続脚のクリアランスを測定し,その差分値(先導脚-後続脚)を算出しました(Δclearance)。この差分値が大きいほど,先導脚に比べて後続脚のクリアランスが下がっていることを意味します。また認知能力として,短期的・長期的エピソード記憶を評価できる調査(Logical Memory subtest of the Wechsler Memory Scale: LM)と全般的な認知機能検査(Montreal Cognitive Assessment: MoCA)を測定しました。

分析の結果,桜井氏の予想通り,高齢者は若齢者に比べて,後続脚のクリアランスが低く,差分値であるΔclearanceの値が大きくなりました。さらに,Δclearanceの値は,エピソード記憶,全般的認知機能のいずれとも相関があり,記憶・認知能力が低いほど,Δclearanceの値が高いことがわかりました。これらの結果は,やはり後続脚の制御には視覚的な記憶の情報が関与しており,記憶・認知能力の低下が後続脚のパフォーマンス低下につながりうることを示唆しています。



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