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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#690 VRとリハビリテーションに関する総説論文(安田 2021,ほか)

リハビリテーションの分野に,バーチャルリアリティ(VR)の技術を導入しようという試みが,国内外で数多くなされています。私の研究室でも,主として大型スクリーンを用いたVRシステムを用いて,その有効性を検討しています(Suda et al. 2022)。

今回ご紹介するのは,VRをリハビリテーションに応用する試みについて総説的な意見をまとめた2つの論文の紹介です。

安田和弘,他,VRリハビリテーション—特性と臨床応用。理学療法ジャーナル 55, 1237-1242, 2021

私の研究室で博士号を取得した安田和弘氏による,一般紙向けのレビュー論文です。論文ではまず,VRの定義やVR普及に至る背景,実際に使用されているVR装置の種類といった基礎的な情報が解説されました。そのうえで,VRが心理学・神経科学的研究にどのような利用がなされてきたかについて,いくつかの事例が提示されました。こうした研究利用でキーになるのが,VRが「臨場感(sense of presence)」と「自己所有感(sense of ownership)」を引き起こせることであることが解説されました。最後に,リハビリテーションにおけるVRの利用の例として,安田氏自身が行った,半側空間無視症状の定量化を目指したVRシステムについての紹介がありました。


Levin, MF et al. Motor learning in neurological rehabilitation. Disabil Rehabil 43, 3445-3453, 2021
 
大きく2つの目的で執筆された論文です。第1に,脳卒中者に対する上肢のリハビリテーションについて,CI療法(Constrained-induced Movement Therapy)など神経科学的な考え方に基づく考え方と,ダイナミカル・システムズ・アプローチなどシステム論な考え方に基づく考え方を紹介することです。特に著者らは後者のシステム論的考え方を好むことから,従来の神経科学的手法に基づく発想について,やや批判的な観点から意見を述べています。例えば同じ動きの持続的な繰り返しは,かえって運動の冗長性(redundancy, abundance)を損なうような学習のスタイルであり,好ましくないと考えています。著者らは,理想的な練習は,環境の制約が常に変わり,タスクの目標を達成するための方法が毎回変わるような練習スタイル(varied practice もしくはvariable practice)が望ましいと主張しています。

VRは,こうした変動性・多様性に富む練習環境を提供するうえで望ましいツールの一つと捉え,関連する論文が多く紹介されています。なお,ここで引用されているVR論文は,決してシステム論的な立場に立った論文ではないという点に注意が必要です。実際,神経科学的な発想に基づくアプローチの中でVRを導入している論文が多くあります。よって,論文の前半と後半は,独立した情報として読むべきかなと思いました。


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