本文へスキップ

知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#685 参加報告:日本生態心理学会第9回大会シンポジウム

2022年3月20-21日に,日本生態心理学会第9回大会がオンラインで開催されました。私は21日のシンポジウムに,指定討論者として参加しました。あいにく学内業務につき,シンポジウム以外のイベントには参加できなかったのですが,実りのあったシンポジウムについて,その一端をご紹介します。

以前もお知らせという形で紹介しましたが,このシンポジウムは,「Perception as Information Detection :Reflections on Gibson’s Ecological Approach to Visual Perception"(2019)」の内容を紐解き,学会員で議論しあうということを趣旨としていました。本の編者の一人は,私が長年共同研究者として深い親交がある,シカゴ州立大学のJeffrey B Wagman氏です。

この本は,Gibsonの有名な著書「The Ecological Approach to Visual Perception」(1979)の出版40周年を記念して出版された本です。本の各章は,40年前の章構成とまったく同じです。現在その内容に精通している研究者が著者としてピックアップされ,40年経ってどのようなアップデートがなされたかについて,解説しています。

シンポジウムの司会者である野中哲士氏(神戸大学)は,この本の第2章の執筆担当者でもありました。シンポジウムでは,この本が出版される経緯など,ここでしか聞けないような裏話も披露されました。

シンポジウムでは,4名の話題提供者と4名の指定討論者が,本の中の2章をピックアップして解説&討論を行うという形式で話題提供がなされました。全体としてピックアップされた章は,3-6章,9章,13章,15-16章でした。各章の内容はこちらをご覧ください。

私が担当したのは,9章&13章の内容に対する討論でした。時間の都合もあり,9章の内容に限定して討論しました。9章のタイトルは,「Perceiving Surface Layout」です(著者:William Warren氏)。この章では,Ground theoryというGibsonの知覚論の骨子の1つが話題の中心です。ある物体(object)の属性を知覚する際,人間は決してオブジェクトだけを抽出しているのではなく,背景にある地面の特性(Surface layout)や,地平線の情報との相対関係として知覚されるというのが,Ground theoryの主張です。例えば,ある物体の距離を知覚させるとき,背景情報がある状態であれば正確だが,背景情報を消すと不正確になるという報告があります(Philbeck & Loomis, 1997, J Exp Psychol: HPP)。背景があってもなくても,物体の距離は変わらないため,物体に対する両眼視差・運動視差は視知覚に利用できるはずです。にもかかわらず,背景情報を消すと距離知覚が不正確になることから,物体の知覚には背景情報との相対関係の知覚が必要ということが示唆されます。

9章の中では,距離知覚に関する2つのパラドックスが紹介され,それに対する著者:Warren氏の見解とその根拠がまとめられています。

私は,9章に関連する自身の研究紹介として,ブラインドテニスに関する研究事例を紹介しました。ブラインドテニスの熟練者は,視覚の使えない状況でのボールの落下位置を,ある程度正確に知覚できます。落下距離が対象者から遠いほど,熟練者の正確さは際立ちます。さらに,単に落下位置を事後的に当てるだけでなく,ボールを網でキャッチするというオンラインの運動を求めると,初心者や晴眼者とはっきり異なるパフォーマンスを示します。

ブラインドテニス選手が示したパフォーマンスは,9章で示された,「人間は奥行方向の距離知覚は不正確だが(対象物の距離感を過小評価する),なぜか目隠し歩行では正確に距離が知覚される」という話題と類似性があります。Warren氏はこの矛盾(パラドックス)について2つの可能性を提示しました。距離知覚の不正確性を補正する関数を運動で利用できるという可能性(便宜的にここでは「補正説」と呼称)と,成功体験時に,自己受容感覚との相互な調整をしているという可能性(キャリブレーション説と呼称)。

ブラインドテニスの場合,視覚を伴わない運動経験で得られる情報に基づいて,空間の知覚を精緻にしていくと考えられます。晴眼者の目隠し歩行と,ブラインドテニス選手の移動行動の相似性を考えると,両者で共通に作動しうる原理,すなわちキャリブレーション説のほうが説明が容易ではないかというのが,指定討論の骨子でありました。

シンポジウムでは,特に前半の3-6章の内容について,時間を度外視した熱い議論が展開されました。各専門家がどのようなことを重要視し,ギブソンの考え方をとらえているのかを知るのに有意義な時間でした。

目次一覧はこちら