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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#645 高齢者の運動イメージ:時間的評価(Mental Chronometry)その1

高齢者が,状況に応じて適切な運動計画ができているのかを評価することは,高齢者の運動能力に対する知覚・認知的評価として重要です。こうした評価の一つとして利用されるのが,運動イメージの正確性を評価する課題です。今回は,高齢者の運動イメージの時間的な正確性を測定した2つの研究について紹介します。そのうちの1つは,京都橘大学の中野英樹先生による研究報告です。

Personnier P et al. Temporal features of imagined locomotion in normal aging. Neurosci Lett 146-149, 2010

Nakano H et al. Temporal characteristics of imagined and actual walking in frail older adults. Aging Clin Exp Res 30, 1453-1457, 2018

2つ研究における実験課題はおおむね一致しており,参加者は5mの距離をできるだけ早く歩くことが求められました。歩行路の幅が3種類あり(15㎝,25㎝,50㎝),歩行路をはみ出さないように歩きました。Personnierらの研究では健常高齢者9名が対象であり,Nakanoらの研究では,長期ケア施設にいるフレイルの高齢者29名が対象でした。実歩行時間を計測する前に,運動イメージの課題が行われました。「歩行にどの程度の時間がかかるかを正確にイメージする」という目標のもと,参加者は歩行開始と歩行停止のそれぞれの時点でストップウォッチを押しました。

実験の結果,いずれの実験においても,高齢者は歩行路の幅が狭くなるほど,イメージした時間が不正確になりました。高齢者は実歩行において,歩行路が狭くなるほど所要時間が長くなりました。つまり高齢者は,自身が歩行路が狭くなることの影響を,イメージに反映できていなかったということになります。

2つの実験で異なったのは,エラーの方向性です。Personnierらの研究における健常高齢者では,歩行路が狭くなることの影響を過大評価し,実際の所要時間よりもさらに遅くなると見積もりました。一方,Nakanoらの研究によるフレイルの高齢者は,歩行路が狭くなることの影響を過小評価し,一番広い条件とさほど変わらないと見積もりました。Nakanoらはこの結果に対して,平常の不活動性(おそらくは転倒恐怖心などの原因で)によって自身の歩行の状態を正確に把握していないことが原因ではないかと解釈しました。

運動イメージの時間的な正確性を測定した課題は,学術的にはMental Chronometryと呼ばれます。この課題の最大のメリットは,ストップウォッチだけで評価できる点です。運動計画の正確性について,簡便な方法で評価できるため,様々な場面で利用可能です。

運動計画の空間的な正確性を知りたい場合には,アフォーダンス知覚課題と呼ばれる課題を持ちいる方法があり,私たちの研究室で積極的に導入しています。ご関心がある方は,私たちの研究成果についても合わせてご参照ください





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