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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#572 行為が異なれば,同一環境で知覚されるべき情報が異なる
(Franchak et al. 2018)

2019年4月1日より,サイトをリニューアルいたしました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。先月,Franchak氏の研究を紹介しました。今回はその関連研究を紹介いたします。

Franchak JM et al. 2018 Rate of recalibration to changing affordances for squeezing through doorways reveals the role of feedback. Exp Brain Res 236, 1699-1711, 2018

研究トピックや主張は,最近ご紹介した内容と同一です。その時点での問題を追加実験で補強し,自身の主張を展開しています。Franchak氏が見出したことは,狭い隙間を通り抜けるといっても,“ぶつからずに通る(またはくぐりぬける)”か,または“身体をねじ込んで通る(つまり,ぶつかりながら通る)”かによって,「通れる/通れない」の判断を改善させるのに役立つ情報は異なる,ということです。

私の研究室も含めて,多くの関連研究では「ぶつからずに通る(またはくぐりぬける)」行為を対象にしています。そうした研究の中には,長い棒を持って歩いたり,車いすに乗ったりなど,行為の条件を変えたことに対する適応に役立つ情報を特定する研究を行っています。こうした研究によれば,実際に隙間を通る経験をさせず,その場をぐるぐる動き回るだけでも,「通れる/通れない」の判断を改善させたというものがあります。(ただし余談ですが,私の研究室では,こうした改善を示す根拠は得られていません)

新しい行為の条件下でぐるぐる動き回るだけで,通り抜けられる隙間の判断すらも向上するというのは,不思議な感じもします。こうした成果を報告した研究者によれば,動き回るだけでも,適応に必要な情報(専門的には,eye-height information)が獲得できるため,それが様々な場面に利用できると解釈されています。Franchak氏は,こうした情報を総称的に,”知覚運動情報”と呼んでいます。

これに対してFranchak氏が対象にしているのは,“身体をねじ込んで通る”行為です。リュックサックを背負ってねじ込める隙間幅を,実験参加者に判断してもらいました。Franchak氏は,この行為の場合には,歩き回るだけ(つまり知覚運動情報の獲得だけ)では判断は改善されないことを示しました。今回ご紹介した論文では,この点を追加実験でさらに補強しています。

Franchak氏は,身体をねじ込んで通り抜ける場合,視覚情報だけでなく,身体をねじ込む触覚経験でしか得られないものがあるため,通過経験が必要なのではないかと解釈しました。

Franchak氏はこれら2つの論文を通して,「行為が異なれば,同一環境で知覚されるべき情報が異なる」と主張しました。Franchak氏の研究は,「知覚は行為に結びついている(action-referenced)」ことを示唆するものです。これは,アフォーダンスを中心概念とする生態心理学の考え方にフィットするものだと,Franchak氏は主張しています。


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