セラピストにむけた情報発信



アフォーダンス知覚の向上に必要な情報(Franchak 2017)




2019年2月25日
アフォーダンス知覚とは,身体と環境の関係(適合性)に基づいて,行為の可能性を判断するプロセスです。わかりやすく言えば,「できる/できない」を判断する力のことを指します。この判断が不正確だと,赤信号になりそうな“渡れない交差点”を無理して渡ろうとしたり,リーチ距離を超えた範囲でもリーチしようとして転倒したりと,アクシデントにつながり得ます。

今回ご紹介するのは,アフォーダンス知覚を向上させるのにはどのような情報(経験)が必要かを,実験検討した研究です。生態心理学では,“向上”という言葉ではなく“キャリブレーション”という言葉を使います。しかしここではわかりやすく,“向上”と表現します。5つの条件を比較検討するために100名もの参加者を対象に行った研究です。

Franchak JM Exploratory behaviors and recalibration: what processes are shared between functionally similar affordance. Atten Percept Psychophys 79, 1816-1829, 2017

実験課題は,隙間の通り抜け課題です。私たちの研究室で行っている隙間の通り抜け課題(体幹を回旋して接触を避ける)とは異なり,非常に狭い隙間に対して“身体をねじ込んで通り抜ける”課題です(むしろ接触しながら身体を押し込める)。通り抜けができるかどうかを判断する難易度を上げるため,参加者はリュックサックを背負ってこの課題を行いました。難易度を高くしないと,アフォーダンス知覚の向上を議論できません(最初から正確にできると練習後の能力向上が期待できない)。このため,リュックを背負ってもらう実験操作が必要でした。

アフォーダンス知覚の向上効果を期待する5つの条件のうち,Franchak氏が最も注目したのは,「リュックを背負って歩くものの,隙間を通り抜けることはしない条件」です。隙間を通り抜けないわけですから,アフォーダンス知覚の向上が見られなくても不思議ではありません。しかし先行研究では,こうした歩行だけでもアフォーダンス知覚が向上すると報告した研究があります。そうした研究の中には,隙間をくぐり抜ける課題もありました。Franchak氏の課題も隙間通過課題ですから,同じ現象が起きても不思議ではありません。実験でそれを確かめることにしたわけです。

その結果,歩くだけの条件では,アフォーダンス知覚の向上が見られませんでした。向上が見られたのは,実際に通過を経験する2つのグループと,通過経験はないものの,判断が正しいかのフィードバックをもらえるグループ(つまり,正答を教えてもらいながらアフォーダンス知覚課題を行う)でした。

これらの結果は,隙間を通り抜ける課題であっても,わずかな違い(くぐるか,身体をねじ込むか)によってアフォーダンス知覚を向上させる情報(経験)が異なる可能性を示しています。

この研究の主役ではありませんが,隙間通過の経験をしなくても,正答を教えてもらいながら判断すれば,その後の判断の精度が上がるというのは興味深い結果です。視覚情報(ここでは隙間)に対して行為の意味付けが与えられれば,直接の行為経験がなくともアフォーダンス知覚の向上が可能なのではないかと考えられます。


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