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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#640 平均化しない1試行毎のパフォーマンスに基づく衝突回避行動の予測(Lucaites et al. 2020)

狭い隙間を通り抜ける際の衝突回避行動(おもに体幹回旋行動)は,個人の体格や,動きの特性による影響を受けます。例えば,歩行時に前額面上への動き(Lateral sway)が大きい人の方が,小さい人よりも大きな体幹回旋をして隙間を通り抜けます。このことは,私たちが自身の動きの特性を理解して行動の調整をしていること示唆します。

従来,「動きの特性」として注目されたのは,いわば平均値的特性でした。すなわち,何百回と歩いた時に平均してどの程度swayが大きいのかを算出し,それが体幹回旋行動に影響することが議論されます。これに対して今回紹介する研究では,平均化しない1試行毎のパフォーマンスも,体幹回旋行動に影響することを示しました。データを平均化することは,全体的な特徴の把握に役立つものの,各試行が持つ意味が相殺されることも意味します。この論文では,私たちの行動が各試行に現れる動きの特性をも反映して調整されている可能性を示唆しています。生態心理学系の研究者,Pagano氏のグループによる報告です。

Lucaites KM Predicting aperture crossing behavior from within-trial metrics of motor control reliability, Hum Mov Sci 74, 102713, 2020.


20名の大学生を対象に,5m先にある隙間を歩いて通過する実験を行いました。実験手続きについては,研究室の修了生,室井大佑氏の修士論文の研究内容が参照されました。


隙間に到達する前の定常歩行において,Lateral swayの大きさ(magnitude)と,複雑性(entropy)が算出されました。複雑性が低いという事は,ワンパターンな動きとなっていることを意味するため,衝突回避のように状況に応じた動きの変更には向いていないことが考えられます。これらの変数について,平均値としての数値と1試行毎の数値がそれぞれ独立変数として使われました。そして,隙間通過時の体幹回旋角度(角度が大きいほど大きな安全マージンを取っている),ならびに回旋開始のタイミング(回旋開始が早いほど,時間に余裕をもって調整を開始している)を従属変数として測定しました。

得られたデータを階層的線形モデル(Hierarchical Linear Modeling)にて分析し,各独立変数が従属変数をどの程度予測できるかを検討しました。その結果,1試行毎のLateral swayの大きさは,隙間通過時の体幹回旋角度に有意に寄与することがわかりました(Swayが大きいほど回旋角度が大きくなる)。また,1試行毎のLateral swayの大きさが大きいほど,回旋開始のタイミングが隙間に近くなる傾向も見られました。後者の結果は直感的理解に反しますが,Swayが大きい人ほど複雑性が低かったことから,ワンパターンの動きとして自身の動きが予測できるため,ぎりぎりの回旋開始になるのではないかと著者らは推察しました。

階層的線形モデルの意義についてはこちらを参照

私たちの研究室を含め,隙間通過行動を対象にするアフォーダンス知覚の研究は数多くあります。ここで紹介した研究は,「一試行毎のパフォーマンスが行動調整に寄与すること」「階層的線形モデルを用いることで,複数の独立変数を同時に加味しながら,どの変数がどのように従属変数の予測に寄与するかを記述できること」を示したという点で,新規性があります。


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