セラピストにむけた情報発信



目隠した状態での隙間通過:遠方で獲得した視覚情報の有用性
(Muroi & Higuchi 2016)




2016年10月24日
今回ご紹介するのは,私の研究室に所属する博士後期課程の大学院生,室井大佑氏が最近報告した論文です。

Muroi D Higuchi T. Walking through an aperture with visual information obtained at a distance. Exp Brain Res 235,219–230, .DOI: 10.1007/s00221-016-4781-7, 2017

この研究で調べたかったことは,遠方で獲得した視覚情報に基づいて,安全に隙間を通過することができるかということです。歩行においては,遠方の環境情報を視覚的にいち早く取り入れて,歩行を予期的に調整するということが,その安全性を支えています。

障害物を回避する際の視線行動を測定してみると,障害物自体に視線を向けているのは,障害物に到達する数歩前までであり,実際に障害物を回避する際には,視線はその先に向いています。こうした知見から,障害物の知覚や,障害物に対する回避行動の選択は,遠方の知覚情報に基づいて行われているだろうと考えられています。

そこで私たちは,隙間を通過する3m手前から視覚情報が利用できない条件を作り出し,それまでに獲得された視覚情報に基づいて,安全に隙間通過ができるかを検証してみることにしました。液晶シャッターゴーグルという装置を用いることで,実験条件に合わせた形で視覚情報を遮断し,目隠しされた状態で隙間を通過してもらいました。参加者は身体幅よりも長い平行棒を把持して歩きました。よって,平行棒を身体の拡張物として適応し,行動を調整する必要がありました。

視覚条件は4条件ありました。

第1の条件は,3mの地点で立った状態で隙間幅を1.5秒観察する条件です(Static)。第2の条件は,3mの地点に到達する前に2歩歩きながら隙間幅を観察する条件です(Dynamic)。3mの地点に到達して視覚情報が遮断されたら,一度立ち止まってから歩行を開始しました。第3の条件は,第2の条件とほぼ同一ですが,視覚情報が遮断されてもそのまま歩き続ける条件です(Dynamic non-stop walk)。第4の条件は,視覚遮断をしない通常歩行条件(Full vision)です。

第2と第3の条件では, 2歩前進しながら観察できるため,オプティカルフローの情報に関連付けて隙間幅の情報を知覚することができるため,第1の条件であるStatic条件よりも接触回避に有利である可能性が考えられました。

実験の結果は以下のように要約されます。

第1に,3mの地点で目隠しをしても,基本的な歩行パターンは十分維持されました。隙間を通り抜ける前に歩行をやめてしまった参加者は一人もいなかったことから,3m先の隙間までの距離については一定の正確性で知覚できていたことがわかります。

第2に,身体幅と同じ隙間幅が過大評価されました。本来,平行棒と同じ隙間幅(相対値=1.0)を通り抜ける際には,体幹を大きく回旋する必要があります。しかし12名中4名の参加者は,無回旋でこの隙間を通り抜けようとしました。この結果は,遠方で得た隙間幅は,少なくとも通り抜けられるギリギリの幅の場合には,過大評価され,体幹を回旋せずとも通り抜けられると判断されたことを示唆します。

第3に,オプティカルフローを得られる2条件の効果は,それほど大きくありませんでした。第3の条件(Dynamic non-stop walk)において,体幹回旋行動を始めるタイミングが正確であったという効果は見られたものの,接触率を軽減させる効果はありませんでした。

以上の結果から,確かに遠方で獲得した視覚情報は,隙間通過行動の骨格を形作るのに寄与していると言えます。しかし同時に,接触なく安全に通過するには,隙間を通過する間際のオンラインの視覚情報もまた重要であることがわかりました。

室井氏は,亀田リハビリテーション病院に所属する理学療法士です。病院のある鴨川から,大学のある八王子まで,片道3時間30分をかけて毎週大学院に通うという生活を,6年間も続けてくれました。研究データの国際誌への論文公表は,こうした努力が報われる瞬間でもあり,指導教官としても大変うれしく思います。

室井氏とは現在も様々なデータを測定しており,これからもコンスタントに論文を発表していきたいと思っています。

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