東京都立大学大学院 理学研究科 物理学専攻
東京都立大学 理学部 物理学科
水を下から温めると,ある温度差以上になると,対流が起こる事は日常的に観察されます.これは,熱拡散が粘性に打ち勝つ事でマクロな流れを生じています.あまり知られていませんが,液体が2成分混合系になると1成分系より対流現象は複雑になります.たとえば,上下の温度勾配によって,濃度が輸送されます(ルドビック・ソレー効果).密度が濃度に依存していると,対流がしやすく(もしくは,しにくく)なります.
液体-気体泡沫(フォーム)は気泡が液体中に混み合った状態です。泡沫は,気体と液体で構成されていますが,洗顔フォームの様に形状を保つ固体的な性質も持っています.このため,機能性が高く,ビールの泡,洗剤,消火器など日常生活の多くの場面で使われています。さらに,泡沫は生命活動において利用されています。例えば,アワフキムシの幼虫は体液を利用して泡を作り,生活するための巣として利用しています。このように,泡沫は様々な分野において非常に重要な状態です.しかし,この泡沫の物理的な性質はよくわかっていませんでした.
2成分が混ざっている状態から急冷してある条件にすると,それぞれの成分の相にわかれることがあります(相分離). このとき,パターンが形成され,少数相がドロップレットとして現れることが古くから知られています. この相分離パターンは物性と大きく関わっているため,重要です.我々は,温度を空間一様に冷却するのではなく, 冷却領域を徐々に広がっていくように冷却する方法を考案しました.最終的には一様冷却と同じ温度になりますが,冷却の仕方を変えることでパターンが変化します.2次元系では,同心円パターン,放射状パターンが観察されることがわかりました.相分離以外にも,コロイド凝集系にも適用すると,放射状パターンが形成されることもわかりました.
粉体とは,数10μmから数mmの大きさをもった粒子の集合体であり,医薬品,塗料,化粧品といった製品だけでなく,生産や輸送プロセスにも大きく関わり,工業的に大変重要な系です.一方で,粉塵爆発,土砂崩れ,液状化現象といった災害や地震などといった地球規模の現象にも密接に関わっています.このため,粉体の理解は最重要課題の一つになっています.
水を0度以下にすると氷ができますが,すぐに凍るわけではありません.凍るまでの準安定な状態を過冷却液体といいます.過冷却液体が結晶化するメカニズムは古典論でよく記述されますが,この古典論が成り立たないことが多くあります.我々はなぜ古典論が成り立たないのかを調べ,液体とはどういう状態なのか,を解明しようとしています.
自然現象や製造過程において,頻繁に流体の不安定状態は現れます.この不安定状態は初期撹乱からはじまり,マクロスコピックな非平衡現象を引き起こします.例えば,密度の反転状態によって起こるRayleigh-Taylor不安定性やlock exchangeがあげられます.これまで回転やしきりの引き抜きといった実験手法が取られてきましたが,特定の条件を除き,初期過程の観察はできていませんでした.今回,我々はこれらの不安定現象の初期過程の観察を可能とした新たな実験手法を提案し,初期過程からの観察に成功しました..
界面活性剤・水混合系では,界面活性剤が二分子膜を形成し,その二分子膜がトポロジー的に異なるラメラ相やスポンジ相を形成するという階層構造が見られます.膜は生体内にも見られる構造であり,また,膜は幾何学的につながっているため,相転移も通常と異なり,また,物質輸送も単純系とは異なる可能性があります.
イオン液体とは,室温で陽イオンと陰イオンが液体になっているものをいい,応用上重要になってきている.このイオン液体が水に溶ける時,通常の液体の溶け方が異なることがわかりました.また,水・エタノール混合溶媒にすると,自発的に穴を開けながら,アメーバの様に移動していく様子が見られました.面白い挙動が見えていますので,このメカニズムを調べています.
液滴からの蒸発による結晶化は工業的に重要なプロセスですが,蒸発と結晶化という非平衡現象がカップルしているためにメカニズムが明らかになっていません.我々は最近,ピン留めされた液滴からの蒸発による結晶化において,同心円パターンや胡蝶蘭パターンというマクロなパターン形成を発見しました.さらに,このマクロなパターン形成をメゾスコピックな観点から詳細に調べました.拡散律速による結晶成長と溶液のwetting現象がカップルした結果として,高次な同心円パターンや胡蝶蘭パターンが形成されることがわかり,階層構造の形成メカニズムを明らかにしました.この他にも未解明な問題は残っていますので,研究を進めています.
近年,細胞内でタンパク質が液体-液体相分離をおこし転写や翻訳,シグナル伝達といった機能を担っていることが発見され,注目されています.上記の機能以外にも,細胞内の液体液体相分離に関係した機能があると考えられ,生化学の分野において研究が盛んに行われています.現在も根本的治療法が見つかっていない神経変性疾患の一つであるアルツハイマー型認知症は、タンパク質の異常凝集によって、細胞死を引き起こすことで発症します.この液体液体相分離のメカニズムやタンパク質の線維化との因果関係はわかっていません.この因果関係を明らかにすることは,根本的な治療法や予防法の発見につながります.
乾いた砂に少量の水を含ませた場合には,水が砂同士を橋渡し(液架橋)して結合剤の役目を担うことで強度が大きくなることはよく知られています.この液架橋は液体状態で動的性質をもつため,衝撃や延伸に強い状態です.しかしながら,重力による排水によって,時々刻々と結合剤が流れてしまい、濡れた粉体としての優位性は失われていきます.そのため、コンクリートなどの長期利用する場面では粉体と結合剤を混ぜた状態を固めたものが主に使われています.長期利用可能,かつ,ゴムのような動的性質を有する新奇材料の開発には,固める必要のない粉体系が必要と考えました.