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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#713 走動作時の段差またぎ動作:無関連な環境要因の影響(Daniels et al. 2021)

今回ご紹介するのは,走行中にハードルを越えるように段差をまたぐ動作に関する研究です。段差をまたぐ際の動作を直接規定するのは,段差の高さと位置です。今回ご紹介するのは,それ以外の環境の操作によってもまたぎ動作が変化することを示し,動作に影響を与える視覚情報の意味について議論している論文です。

Daniels KA et al. Visuomotor control of leaping over a raised obstacle is sensitive to small baseline displacements. R Soc Open Sci 8(3): 201877, 2021, DOI: 10.1098/rsos.201877.

対象者は一般大学生14名であり,走動作に特別なスキルを持つ学生は含まれていませんでした。スタート位置から約10m先に障害物が設置されました。障害物の高さは,対象者の下肢長の0.55倍もしくは0.6倍としました(結果的に,段差の高さはおよそ40-55㎝)。対象者は約3m/秒の速さで走り,段差をまたぎました。

段差に関する条件が4条件あり,そのうち3条件には,段差として用いたポールと同じポールを地面に設置しました。ポールの位置は①段差の真下,②段差の少し手前(下肢長の0.25倍の分だけ手前に置く),③段差の少し後(下肢長の0.25倍の分だけ奥に置く)。

この研究の最大のポイントは,②と③におけるポールの位置を,本来はまたぎ動作に何ら影響しない位置に置いたことです。走りながら段差をまたぐ場合,段差のかなり手前からまたぎ,かつ段差のかなり遠方に着地します。このため,下肢長の0.25倍だけポールをずらしたとしても,またぎ始める位置(Take-off)も,着地の位置(Landing)も変更する必要はありませんでした。

にもかかわらず,実験の結果,対象者は②の条件ではTake-offの位置を段差から遠ざけ,③の条件ではLandingを段差から遠ざけるようにまたぎ動作を変化させました。

著者のDaniels氏らはこの結果に基づき,またぎ動作をコントロールする視覚運動制御においては,単にまたぎ動作に直接影響する視覚情報のみがサンプリングされているのではなく,動作の中で連続的に入力される周辺の情報もサンプリングされ,制御に利用されているのではないかと主張しました。一見無関連と思える情報も,脳の中では様々な情報処理がなされ,われわれの認知と行動に影響しうるということを示してくれる論文です。


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