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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#705 【業績報告】安静立位下のステップ動作では確率論よりもバランス重視?(Watanabe and Higuchi 2022)

博士後期課程3年(日本学術振興会特別研究員DC2),渡邉諒君の最新のデータが,国際誌Frontier in Human Neuroscienceに掲載されました。

Watanabe R and Higuchi T Anticipatory action planning for stepping onto competing potential targets. Frontiers in Human Neuroscience 16,2022, DOI: 10.3389/fnhum.2022.875249


上肢リーチ動作を用いた研究では, “右か左か”といった複数選択肢がある条件下においては,両選択肢の出現確率を考慮して動作を準備することがわかっています。もし右に動く確率と左に動く確率を1:1の割合にすれば,左右のどちらにも素早く動けるように,両者の中間軌道を通ることがあります(平均化傾向)。これらの行動現象から,脳は行動を計画する際に,過去の経験に基づく確率論的な計算を行っているだろうと考えられています。

なお,これらの研究に用いられる複数選択肢下の動作課題を,Go-before-you-know課題といいます。また通常,上肢リーチ課題は座位の条件下で行われます。

渡邉君は, 安静立位時,かつ右足のステップ動作によるGO-before-you-know課題を開発しました。右(身体中心からみて外側)にステップする確率と左(内側)にステップする確率を1:1の割合にし,ステップ動作を行う前の予期的姿勢調整(Anticipatory Postural Adjustment)を評価しました。もし上肢リーチ動作で見られた平均化傾向がステップ動作でも見られるならば,外側・内側に偏りなく,まっすぐ後ろに重心が移動するはずです。

若齢成人14名を対象とした実験の結果,ステップ動作の場合,左(内側)へのステップがしやすいような予期的姿勢調整が見られました。内側へのステップ動作は,支持基底面を小さくする方向へのステップとなるため,外側へのステップ動作に比べてバランス維持の難易度が高いと予想されます。この結果から渡邉君は,ステップ動作において脳が,確率論よりもバランスを崩しやすいステップ動作へのケア(action cost)を優先して運動を計画しているのではないかと主張しました。

渡邉君にとってこの論文は,博士論文のための研究データにおける1つ目の論文となります。渡邉君がこの研究のために開発した実験課題並びに測定環境は大変充実しており,今後多くの成果につながる体制を作ってくれています。これからのさらなる活躍を期待しています。


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