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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#700 自己の行為予測と他者の行為予測には共有の認知情報処理が関わる(Ikegami et al. 2017)

現在樋口研では,他者の行為予測課題の成績に基づいて,自身の運動に関わる感覚予期(sensory prediction)の機能を評価できる可能性について研究をしています。今回ご紹介する研究は,こうした検討をする根拠として引用している論文です。

Ikegami T et al. Shared mechanisms in the estimation of self-generated actions and the prediction of other's actions by humans. eNeuro 4, 29340300, 2017, DOI: 10.1523/ENEURO.0341-17.2017


ミラーニューロンシステムに関する多くの研究知見から,他者の行為を予測する際には,自己の運動の実行,並びに自己の行為の予測に関わるシステムが関与すると考えられてきました。具体的には,自身の行為が結果的にどのような感覚入力をもたらしうるかを予測するシステムです。内部モデルのうちの順モデル(前向きモデル)と言われます。

池上氏らは,自己の行為予測と他者の行為予測の両者に,確かに順モデルが関与しているのだということを実証するための2つの実験を行いました。いずれの実験も,ダーツの熟練者を対象とした実験です。ダーツの初心者がダーツを投げている映像を観察することの影響について検討しました。

第1実験では,自身のダーツの成績について予測する課題を10試行行うたびに,初心者のダーツ映像を観察して,ダーツが的のどこにあたったのかを予測する課題を10試行行いました。予測した後に実験者から正解の情報がフィードバックされました。これにより対象者は,映像上の初心者の行為予測に対して学習ができ,予測のスタイルを微調整できます。池上氏らは,自己の行為予測と他者の行為予測の両者に,共通のシステム(順モデル)が関与するならば,他者の行為予測によって微調整された順モデルが,自己の行為や行為予測にも影響するはずと考えました。

実験の結果は,池上氏らの予想に合致する結果となりました。初心者の映像を観察し続けることで,熟練者のダーツの成績が徐々に低下する傾向が認められました。この結果は,対象者がダーツの映像ではなく,ボーリングの映像を見ているときには認められませんでした。このことから,ダーツ熟練者が運動制御の一部として保有している順モデルが,他者のダーツ映像の観察とその結果の予測の際に利用され,自身のダーツの成績に影響した可能性が示唆されます。

第2実験では,順モデルの機能をモデル化した“state-space model”というモデルに基づき,順モデルを用いている場合に想定される結果をシミュレーションすることで,行動の結果と一致するかを検討しました。このモデルでは,運動指令が筋骨格系だけでなく予測の系にも利用されることや,フィードバック情報に基づいて運動指令が修正されることまた各構成要素には一定のノイズがあって揺らぐこと,などが想定されています。各ノイズが乗算的に関与するのか,それとも加算的に関与するのかといった運動制御理論の議論も踏まえ,4つのモデルを検討した結果,筋骨格系に対するノイズが乗算的に,そして予測システムに対するノイズが加算的に影響するというモデルが,行動データに最もフィットすることを確認しました。

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