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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#695 発達性協調運動障害児におけるリーチング動作時のばらつきはパフォーマンスを低下させない?(Golenia et al. 2018)

発達性協調運動障害児(DCD児)の協調運動時の特徴の一つに,動きのばらつきが大きくなりがちなことが挙げられます。通常このばらつきは,運動出力時のノイズ(neuromotor noise)に起因すると解釈されます。つまり,このばらつきはパフォーマンスの不正確性・不安定性の原因になると考えられています。

今回紹介する論文の著者らは,ダイナミカルシステムズアプローチの発想に立ち,ノイズの大きさは必ずしもパフォーマンスの低下とは言えず,むしろ運動学習に必要な“探索(exploratory behavior)”を含む場合もあると考えています。

Golenia L et al. Variability in coordination patterns in children with developmental coordination disorder (DCD). Hum Mov Sci 60, 202-213, 2018

実験対象者は,6-11歳時における11名のDCD児,ならびに年齢を揃えた11名の定型発達児でした。対象者は体幹を椅子に固定した状態で,指をターゲットに素早く正確リーチすることが求められました。

ばらつきの意味を模索する手法として,UCM(Uncontrolled Manifold)解析が行われました。ターゲットへのリーチ時の指先位置を目的変数としたうえで,関連する上肢・体幹動作から9つの角度を抽出し,それを説明変数とした場合の関節角度のばらつきの影響を検討しました。

UCM解析の結果,DCD児は,リーチ時の指先位置に影響を与えないばらつき(UCM成分)が定型発達児よりも大きいことがわかりました。逆にリーチ時の指先位置に影響を与えるばらつき(ORT成分)は,DCD児と定型発達児の間に有意な違いは認められませんでした。この結果は,DCD児童のリーチ動作時の関節角度のばらつきは,必ずしも運動出力に伴うノイズとは言えない側面があることを示唆します。

今回対象となった動作は,机上で行う指先のリーチ動作であり,比較的単純な動作でした。リーチ位置のばらつきのデータ(variable error)を見ると,全身の動きを伴う動作のばらつきほど顕著なばらつきは見られていないように思います。今回の論文の結果は,そうした動作の特性に限定されるのかもしれません。著者のGolenia氏らは,DCD児のリーチの運動時間(movement time)が有意に長かったことを踏まえ,動作時間を長くすることで,リーチ時の指先位置のばらつきを増大させない方略を達成できているのではないかと解釈しています。

発達障害児における運動のばらつきが何を意味するのかということを深く考える意味で,貴重な情報を提供する論文です。

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