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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#694 運動学習に関する2つの理論:認知神経科学的理論とシステム理論 (van Dijk et al. 2017)

今回ご紹介する論文は,運動学習に関する2つのやや大局的な理論について,対比的に説明するものです。リハビリテーションの実践に関する示唆的なコメントも随所にみられる論文です。

van Dijk L et al. Reductive and emergent views on motor learning in rehabilitation practice. J Mot Behav 49, 244-254, 2017

紹介される2つの理論は,内部モデルに代表される認知神経科学的理論と,力学系アプローチに代表されるシステム理論です。著者たちは,システム理論の立場をとる研究者です。リハビリテーションの分野において,認知神経科学的理論のほうが大きくシェアを占めている現状を鑑み,2つの考え方を対比的に理解し,リハビリテーションの実践を考えることの意義を主張しています。

論文タイトルにあるように,認知神経科学的理論とシステム理論はそれぞれ,要素還元性と創発性を特徴とする理論です。認知神経科学的理論について要素還元性が特徴といえるのは,行為を形作る背景要因として,脳や身体といったハードの構成要素,そしてそれらをコントロールするソフトの構成要素を想定する点にあります。これらの構成要素がどのように機能することで行為が成立するのかを考えるのが,認知神経科学的理論の特徴です。

例えば脳のコントロールシステムとして想定される内部モデル(internal models)は,課題のゴールに到達しうるように身体姿勢を調整できる各種パラメータを選択し,実行されていくと想定します。この場合,行為の成立に重要なのは,適切な身体部位を選び,協調させるための運動計画を獲得することが重要となります。

これに対してシステム理論の場合,行為は行為者(actor)-課題(task)-環境(environments)の関係性の中で創発されると想定します。ここで重要な想定があります。それは特定の要素が特定の行為を作り出すといった固定的な役割をしているのではなく,課題や環境などがもつ制約・文脈によって,各要素の役割が創発的に決まることです。こうなると,いくらハード・ソフトの要素単位を調べても,行為がどのように形作られるかを見出すことはできないことになります。このためシステム理論では,行為を行為として取り扱うことの重要性を主張します。

論文では,2つの理論の対比的な見方の例として,運動学習の転移(transfer)の問題を取り上げています。といっても,著者たちがシステム理論の立場に立つことから,その論調はシステム理論における転移の考え方の特徴にハイライトが当たっています。

例えば身体を引っ張られるなど特別な環境下で一定時間歩行したとします。すると,その環境で安全に歩けるような適応が起こります。著者らによれば,要素還元的な見方では,適応はハード・ソフトの要素単位で起こるため,歩行のように下肢を中心とした動きで適応が起きれば,下肢を使う別の行為に対しての一定の波及があると想定します。これに対してシステム理論の場合,行為を成立させる知覚と行為のダイナミクスが学習され・転移されるため,下肢を使っているかどうかは,転移を決める本質的な問題ではないと考えます。

著者らはリハビリテーションに携わる読者に対して,運動学習に2つの対比的な考え方があるのだから,双方の考え方に触れることで,適切な実践を考えていこうというメッセージを出しています。




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