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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#693 オーバーユース損傷と協調の多様性・変動性(Hamill et al. 2012)

長年の運動継続に伴う痛みや障害は,総称的にオーバーユース損傷(overuse injury)とも呼ばれます。今回ご紹介する論文は,オーバーユース損傷は,継続時間という量的な問題だけではなく,運動にどの程度の多様性・変動性があるかという質的な問題がかかわっていると主張する論文です。

Hamill et al. Coordinative variability and overuse injury. Sports Med Arthrosc Rehabil Ther Technol 27, 45, 2012

著者たちは,ダイナミカルシステムズ・アプローチ(dynamical systems approach)と呼ばれる理論に基づいて研究をしています。この理論では,行為の安定化(例えばリーチ動作における指先の位置など,Endpointをいつでも同じ位置に動かすこと)を実現するには,状況に応じて運動を形作る要素の協調関係が変動することが重要と主張します。言い換えると,行為(ゴール)の安定化は,動きの多様性・変動性が形作るという考え方です。

このように考えると,動きの多様性・変動性は良質な運動を形作る要素であり,またその多様性・変動性は,外乱としてのノイズとは性質が異なるものと捉えます。

たとえ長年運動を継続していたとしても,多様な動きでその運動を行っていれば,動きが適度にばらつくため,一部だけの筋や関節に集中的に負担がかかるリスクが低下できます。逆に,動きの多様性・変動性が低い場合,いつでも同じ動きで運動を実現しようとするため,特定の関節や筋肉にだけ負担がかかりえます。著者らはこのような状態こそが,オーバーユース損傷を生み出す要因だと主張しています。

論文では,動きの協調の多様性・変動性を評価する3つの指標(専門的なのでここでは説明を割愛します)についても概説されています。こうした評価を専門的に学びたい方は,そのきっかけとしてこの論文を読んでみるのはいかがでしょうか。


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