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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#680 2021年度修士論文最終審査会

1月17日&24日に,ヘルスプロモーションサイエンス学域において修士学位論文最終審査会が行われました。樋口研からは4名の大学院生が審査会に臨みました。それぞれこの2年間の努力の成果を存分に見せてくれるパフォーマンスでした。彼らへの敬意を表する意味で,研究の概要を紹介します(結果の詳細については諸事情により割愛)。

  • 坂崎純太郎「高齢者における予期的歩行調整方略の評価:障害物Timed up and Go(TUG)におけるルート選択に着目して」

国際的な歩行評価テストであるTimed Up and Go Test(以下,TUG)に,障害物を加えた新しい課題(障害物TUG)を用いて,障害物の回避ルートから予期的歩行調整能力を簡便に評価できるかを検討しました。障害物をどのように避けるのかというルート選択において,高齢者の特徴を見出すことができました。三次元動作解析を駆使した詳細な歩行分析に加え,サンプルエントロピーの計算に基づく動きの複雑性の観点から高齢者の特徴を見出すなど,貪欲に研究に取り組んでくれました。前任の井上隼君(2019年度修了)を引き継ぐ形で障害物TUGを発展させてくれました。ほんのわずかな工夫で高齢者の一貫した傾向を見出すなど,坂崎君の努力が結果にも表れました。

  • 横山紘季「 物体持ち上げ動作時の質量推測:拡張現実技術の導入に向けた検証」

ソニーグループ株式会社との共同研究として行った最初の研究テーマです。物体を持ち上げる前に推測する物体の質量(重たいか,軽いか)を明確に推定できる行動指標の特定を目的とした実験を行いました。立位の状態から物体に手を伸ばして持ち上げるまでの様々な動作を網羅的に取り上げ,どの時点から物体の質量に応じた動きの違いが明確になるかを同定しました。将来的にこの指標を拡張現実(Augmented Reality, AR)を用いた実験に導入することで, ARが持つ時間遅れの問題をカバーすることを目指しています。博士院生に匹敵する時間をかけて研究をしてくれた横山君は,その誠実さから関わる研究メンバーから全幅の信頼を置かれ,見事に責任を果たしてくれました。

  • 大鷲 悠「協調運動能力と他者の行為予測能力の関連性:内部モデル障害の検討に有用な課題開発に向けて」

自分の行為の結果を正確に予測できる人は,他者が行っている行為についても,動作の観察を通して正確に結果を予測できる可能性があります。この研究では,こうした可能性の妥当性を若齢成人を対象に検証しました。将来的にこの研究で用いる課題を,“不器用さ”の認知科学的理解に結び付けることを目指しています。不器用さの問題には認知情報処理の問題(内部モデル障害)が関わるという考え方があり,他者の行為予測課題の成績を通して,内部モデル障害の有無を判別できるのではないかと考えています。不器用さに関わる学会(日本DCD学会)での話題提供を契機として,新しく始まった研究です。この実験は大鷲さんでなければ遂行できなかったかもと思えるほど,大人数が関わる実験をオーガナイズしてくれました。

  • 平田幸大「個人の学習進度に応じた予測判断トレーニングプログラムの開発:動作誇張とバーチャルリアリティを利用したテニス研究」

テニス初心者が,対戦相手の動作から打球コースを的確に予測する技能を向上させるためのトレーニングプログラム開発を行いました。プログラムの特徴は2つありました。第1に,バーチャルリアリティ(VR)刺激を用いて相手選手の動きを作成することで,その動作を実験者の意図通りに操作できることでした。第2に,個人の学習進度に応じて課題難易度を変更し,個人に最適なプログラムを提供することでした。助教の福原先生が主として指導している研究です。平田君が黙々と研究に取り組んでくれたおかげで,すぐにでも実践可能な有益なトレーニングプログラムの開発に成功しました。スライドの作り方も秀逸であり,学域内でも高い評価を受けました。

4人それぞれ自身の個性を発揮し,2年前の予想を大きく超える実力を発揮してくれました。私の教育歴においても,この4名との関わりは強く心に残りそうです。今年は外部副査の先生として,渡邉観世子先生(国際医療福祉大学),中本浩揮(鹿屋体育大学),北洋輔先生(一橋大学)に,論文&発表審査を依頼しました。各領域で活躍される先生方に専門的見地からご指導いただけたことは,私も含めて大きな学びとなりました。

修了式まであと2か月あります。最後の研究活動をどのように締めくくってくれるのかについても楽しみです。


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