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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#679 運動学習の転移:練習中の探索と安定化の意義(Pacheco et al. 2015)

運動スキルの転移(skill transfer)は,運動学習における本質の問題です。どのような練習をすれば,練習時とは異なる状況においても,獲得した運動スキルを柔軟に遂行できるかという問題が,長年議論されています。今回ご紹介する論文では,練習中に行う「探索」と「安定化」という2つの行為が,スキルの転移に重要だということを主張する論文です。

Pacheco MM et al. Transfer as a function of exploration and stabilization in original practice. Hum Mov Sci 44, 258–269, 2015

Pacheco氏らは,ダイナミカルシステムズ・アプローチという考え方に基づいて論を展開しています。このアプローチでは,練習中の探索行為(exploration)を重要視します。特に学習初期は,目的を達成するための最適な方法を見出すために,積極的に新しい動きを試してみることが有益と考えます。Pacheco氏らもやはり,探索の重要性を主眼に運動学習を考えています。

この論文のオリジナリティは,運動学習には探索だけではなく,安定化(Stabilization)とのバランスが重要だと考えていることです。安定化とは,いったん最良な方法を見つけたらそれを定着させる局面が必要だということです。Pacheco氏らは,タブレット上で行う的当て課題を用いて,練習中の探索と安定化がスキル転移を促進しうることを示しました。

参加対象者(若齢健常者)の課題は,タブレット上のペンの動きでボールを的に当てる課題でした。実環境下での的当てでは,リリース時の投射角度ならびに速度が成績に影響します。このタブレット上の課題でも,リリースに相当するペンの動きから投射角度と速度を算出し,的当ての成績が決まりました。よって参加者の潜在的な課題は,的当ての成績向上に有効な投射角度と速度を見出すこととなります。

主要な分析の1つに,自己相関がありました。各試行で得られた投射角度と速度のデータをそれぞれ試行順で並べ,そのデータを1つずつずらしながら相関係数を算出していきます。ある試行での経験を通して次では新たな動きを模索する場合(探索),自己相関の値はプラス1に近づくと考えられます。逆にある経験を通して,元の動きに戻すような動作の修正を行う場合(安定化),自己相関の値はゼロに近づくと考えられます。Pacheco氏らは,探索と安定化のバランスが取れているとき,すなわち自己相関の値が0.5-0.7のように中間値の場合にスキル転移が促進すると考えました。

分析の結果,確かに自己相関が中間値の場合,自己相関が1またはゼロの場合に比べて,スキル転移の成績が高くなることがわかりました。この結果からPacheco氏らは,練習中の探索と安定化のバランスがスキル転移に重要であると主張しました。このほかにも様々な分析が行われていますので,興味がある方は原文をご覧ください。


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