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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#678 脳卒中者におけるリーチング動作の安定性:UCM解析に基づく検討(Tomita et al. 2020)

2022年最初の更新です。本年もどうぞよろしくお願いします。

今回ご紹介するのは,脳卒中者が麻痺側の手でリーチングをした際の,動きの安定性について報告した研究です。筆頭著者は,高崎健康福祉大学の冨田洋介先生です。UCM(Uncontrolled Manifold)解析という解析を用いることで,脳卒中者が重心の安定性に重きを置く結果,手の動きの安定性が低下する可能性を示唆しています。

Tomita Y et al. Stability of reaching during standing in stroke. J Neurophysiol, Vol. 123 Issue 5 Pages 1756-1765, 2020

19名の片麻痺者と,年齢を揃えた健常成人が参加対象でした。対象者は上肢の長さの1.3倍の距離にある対象物に対して,非麻痺側(比較対象の健常成人は非利き手)リーチ動作を行います。上肢の長さの1.3倍の距離にあるということは,単に手を伸ばすだけではなく,体幹を前傾させる動きが必要となります。重心が支持基底面に対して前方にシフトすることから,バランス管理が比較的難しい状況になります。冨田先生はこのような実験課題の工夫をしたうえで,片麻痺者における重心位置の安定性,ならびに手の位置の安定性を検討しました。

UCM解析では,同一ターゲットに対して繰り返しリーチ動作をした際の,試行間の安定性を数値化します。ここでは詳細は省きますが,ターゲットとなる動き(タスク変数)に対して各関節が連動して動いていれば,UCM成分が大きくなるような計算をします。つまり,あらゆる関節協調の組み合わせで同一の動きが再現できれば,UCM成分が大きくなります。これに対して,関節協調の組み合わせが異なるとターゲットとなる動きがばらついてしまう場合,ORT成分の大きさが大きくなるような計算をします。冨田氏は,UCM成分とORT成分からシナジーインデックス(Index of Synergy)を計算して,安定性の評価指標としました。

実験の結果,片麻痺者の動きの安定性として次のような特徴が見出されました。
片麻痺者は健常成人シナジーインデックスの変化が大きい(リーチ動作の中で不安定となる局面がある)
片麻痺者のシナジーインデックスが低くなるのは,腕の移動速度が大きくなる局面であった。
片麻痺者において,手の位置をタスク変数としたときのシナジーインデックスは,重心をタスク変数としたときのシナジーインデックスよりも低かった。

冨田先生はこれらの結果から,片麻痺者にとってバランスの制御と上肢の正確なリーチの制御を同時に制御するのは困難であり,バランスの制御の安定性を優先せざるを得ない結果,上肢動作の安定性が低下していると結論付けました。

次年度私が所属するヘルスプロモーションサイエンス学域では,冨田先生に博士後期課程の特別講義(夏季集中講義)を依頼することになっています。私の研究室スタッフが,冨田先生の研究観からどのような学びを得るか,今からとても楽しみにしています。



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