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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#677 脳卒中片麻痺者の衝突回避:麻痺側からアプローチすることによる衝突率の減少(室井大佑氏の業績)

2022年最初の更新です。本年もどうぞよろしくお願いします。

今回ご紹介するのは,本研究室の修了生,室井大佑氏(千葉県立保健医療大学)の最新の業績です。博士課程在籍時に実施した最後のデータを論文化したものです。

Muroi D, Saito Y, Koyake A, Higo F, Numaguchi T, Higuchi T. Walking through an aperture while penetrating from the paretic side improves safety managing the paretic side for individuals with stroke who had previous falls. Human Movement Science 81, 2022, https://doi.org/10.1016/j.humov.2021.102906

室井氏は先行する論文(Muroi et al. 2017)の中で,狭い隙間に対して麻痺側からアプローチする脳卒中片麻痺者のほうが,非麻痺側からアプローチする片麻痺者よりも,有意に衝突率が低かったと報告しています。この研究では,隙間に対して身体のどちら側からアプローチするかは,対象者の任意で決めていました。よって,偶然そうした関係性が見られた可能性も否定できません。そこで今回の研究では,各対象者に対して,麻痺側からのアプローチと非麻痺側からのアプローチの両方を実施してもらい,その衝突率を比較することにしました。もし本当に麻痺側からアプローチすることに意義があるなら,同一参加者内において,麻痺側からのアプローチにおける衝突率が低くなるはずです。

25名の脳卒中片麻痺者(うち12名が転倒経験者)を対象に検討した結果,転倒歴のある片麻痺者に限定していえば,室井氏の予想通り,麻痺側からアプローチすることによって衝突率が有意に減少することがわかりました。転倒経験のある片麻痺者は,隙間の狭さに応じた体幹回旋や速度の調整ができていないケースが見られました(一般に,狭い隙間ほど体幹回旋を大きくし,速度を減速して通り抜ける)。こうした行動の調節が困難な片麻痺者にとって,麻痺側からアプローチすることで麻痺側の状況を視認しやすく,注意が向けやすい状況にすることは,衝突回避のメリットになるのだろうと,室井氏は考察しています。

室井氏は現在,千葉県立保健医療大学において教育者・研究者として活躍しています。長年亀田リハビリテーション病院にて臨床に携わっていましたが,大学で教育・研究をしたいという夢をもって本学研究室に入り,修了後は見事にその夢を実現しました。こうした先輩の活躍は,在籍する大学院スタッフや,これから研究室で研究をしたいと思う人たちにとって大いなる励みになります。幸い,今後も一緒に仕事ができる機会が複数あるため,この関係を大切に育てていければと思っています。




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