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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#661 ゼミにおける英文抄読会:自閉症スペクトラム症傾向と予期的な感覚運動制御(Arthur et al. 2020)

本年度,シャリスタ・スマリカさん(ネパール)が研究生になったことを契機に,研究室でも英語によるコミュニケーションについての機会が増えました。ゼミスタッフにおける有志のイベントとして,メンバーが国際誌論文をピックアップし,その内容をプレゼンする機会を,月1-2回のペースで行っています。

6月は,スマリカさんが発表者として,自閉症スペクトラム症(ASD)傾向と予期的な感覚運動制御に関する最近の論文を紹介してくれました。私はあいにく当日参加できませんでしたが,オンラインの録画を通して事後的に様子をうかがう事が出来ました(こうした対応ができるのは,オンライン化したシステムのメリットですね)。

Arthur T et al. Predictive sensorimotor control in autism. Brain 2020 Vol. 143 Issue 10 Pages 3151-3163, 2020, DOI: 10.1093/brain/awaa243.

ASD児・者において予期的な運動制御が困難であるという考え方は,ここ最近のトレンドです。最近の動向をレビューした論文については,このコーナーでも紹介しました

Arthur氏らの研究では,大きさ重さ錯覚のパラダイムを用いて,予期的な運動制御の困難性が,特性的なものか(あらゆる状況で発生しやすいのか),もしくは状況依存的なものかを,2つの実験を通して検討しました。第1実験では健常若齢成人90人を対象に,質問紙としてのASD傾向と,大きさ重さ錯覚の影響度合いに関する相関関係を検討しました。第2実験では,ASD者と診断された29名を対象に,同様の検証をしました。

その結果,どちらの実験でも有意な相関は認められませんでした。また,予期的な制御に関連する行動指標として視線行動を測定したところ,健常成人では状況に応じて視線行動が変わる(予期しやすい状況では,予期した内容に合わせて視線停留の度合いが大きくなる)のに対して,ASD者では状況の違いによる視線行動の違いがみられませんでした。これらの結果から,Arthur氏らは,ASD傾向がある者の予期的な運動制御の困難性が,特性的なものではなく,状況依存的である(特定の状況でのみ苦手)と結論付けました。

現状のゼミスタッフにおいて,英語による日常会話に支障がない人は限られています。そもそも私自身の英語コミュニケーション能力が不足しているため,発表後の議論については発展途上です。しかしながらそうした現状でも,このイベントは意義深いと感じています。第1に,発表する言語を問わず,参加メンバー全体の利益になるような論文を選ぶプロセスは,文脈や聴衆のニーズに基づいて情報をセレクションするセンスの向上に寄与します。第2に,英語話者の発表を日常的に聞ける機会は,聴衆として英語に慣れる訓練としても,また発表者としてスピーチを考える上でも有用です。第3に,聞きたいことをうまく聞けない悔しさ・恥ずかしさが,改善のための努力を促してくれます。これまでこうした努力は,国際学会に参加する一部の博士院生のみの活動でしたので,それがゼミ全体に広がっているのは良いことと思っています。

こうした努力が半年・一年後にどのような波及をもたらすのか楽しみにしつつ,活動を継続していくつもりです。

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