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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#604 歩きスマホに関する研究事例3:高齢者の歩きスマホ

ここ最近,歩きスマホに関する研究事例を何度か紹介してきました。今回は,高齢者を対象にした歩きスマホの研究です。現状では,歩きスマホをされている高齢者を,そこまで頻繁に見るわけではありません。但し,公園などを散歩していますと,ポケモンGoを楽しまれる高齢者の方々は,予想以上に多くいらっしゃいます。また,スマホの普及率・高齢者の保有率が年々増加することを受け,移動中に何らかの形でスマートフォンの操作に注意を向け,安全管理がおろそかになるのではないかという議論は多くあります。

Souza Silva, W. et al. Effects of Age on Obstacle Avoidance while Walking and Deciphering Text versus Audio Phone Messages. Gerontology 65, 524-536, 2019

実験は,ヘッドマウントディスプレイを用いたバーチャルリアリティ(VR)環境で行われました。スマホ画面上の文字認識も,VR映像の中に投影する形で提示されています。14人の高齢者(68.5±4.5歳),ならびに16名の若齢健常者が参加しました。

実験では,参加者が歩行を開始した後,3人の歩行者のうちの1人が進路に侵入してくる映像が流れました。参加者のタスクは,(1)歩行者との衝突を避けること,そして(2)スマホ画面上の文字メッセージ,もしくは音声で流れるメッセージ(画面上の文字と同一)を正確に記憶することでした。

実験の結果は以下のようにまとめられます。

メッセージが画面上に文字として現れた場合,年齢に関係なく,歩行者との衝突率が増大しました。この傾向は,特に高齢者において著しいものでした。衝突回避のためには歩行者に関して視覚的注意を向けることが必要です。スマホ画面上の文字に対して同時に視覚的注意を向ける必要があれば,衝突率が上がるのは当然ともいえます。

しかし,画面上に視覚的注意を向けたからといって,メッセージを100%正確に認識できたわけではありませんでした。歩行中の安全管理をしつつも文字に対する認知処理を行うというのは,特に高齢者にとっては難易度の高いタスクであると言えます。

音声メッセージであった場合,若齢者に対しては歩行に有意な変化は見られませんでしたが,高齢者に対しては衝突率の増加が認められました。この結果から,高齢者の場合,メッセージのモダリティが何であれ,デュアルタスク状況下で安全を管理することが難しいことを示唆しています。


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