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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#601 高齢者を対象としたVR環境での段差またぎ経験の効果(LoJacono et al. 2018)


今回ご紹介するのは,バーチャルリアリティ(VR)環境下で段差またぎを経験してもらうことが,直後に実環境下でおこなう段差またぎにも波及することを報告した論文です。高齢者を対象とした研究です。

Lojacono CT et al., Obstacle crossing in a virtual environment transfers to a real environment. Journal of Motor Learning and Development 6, 234-240, 2018

段差またぎを経験させたければ,実環境下で経験させればよいと思われる方も多いかと思います。確かにそうなのですが,例えば対象者の疲労を考えると経験数が限られてしまい,効果が限定されてしまうといった制約があります。VR環境であれば,本人がその場にいながら,映像が動くことで段差またぎを体験できます。このため,スペースの問題や対象者の疲労の問題をクリアーできるわけです。こうした理由から,様々な研究者がVR環境でのトレーニングの効果を検証しています。

Lojaconoらは,トレッドミルに連動する形で動くVRシステムを用いて,20名の高齢者ならびに20名の若齢者に対して段差またぎの経験をしてもらいました。1セッションにつき10回の段差またぎをおこなうトライアルを,計20セッション繰り返しました。

VR環境下のまたぎ経験の前後に実環境での段差またぎを行ってもらい,そのパフォーマンスを比較しました。その結果,両群ともにVRでの経験後にはまたぐ際の歩幅を大きくとることや,先導脚が段差をまたぐ際のクリアランスを大きくとることが分かりました。高齢者の場合にはさらに後続脚が段差をまたぐ際のクリアランスも大きくなりました。若齢者には後続脚に関してそのような影響がなかったことから,高齢者が資格を利用できない後続脚のクリアランスに対してより慎重になっているのだろうと結論づけました。

残念ながらこの実験では,VR介入を行わないコントロール条件がなかったため,トレーニングの効果は必ずしもVR介入だけで説明できません。しかしVR環境を用いたトレーニングをどのように考えるべきかということについては,参考になる情報が多くあります。


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