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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#597 Walking without awareness: 歩行中に状況認識は必要ない?(Harms et al. 2019)

歩行中にスマートフォンを操作するなど,別のことに注意を払うのは危険というのが,一般的な考えでしょう。しかしそうは言っても,歩行中にその状況をすべて意識化しながら歩いているわけではありません。そして,考え事など別のことに気を取られていたとしても,必ず転倒や衝突などのトラブルになるわけではありません。

今回ご紹介するのは,都市部で一般の人が歩いている状況を観察した研究です。ほとんどの人は歩行に集中していないにも関わらず,誰も障害物に衝突していないことを報告しています。オープンアクセスの論文ですので,誰でも無料でダウンロードできます

Harms I et al. Walking without awareness. Front Psychol 10, 1846, 2019

研究は,オランダのユトレヒトの都市部で行われました。路面に看板が置いてある場所をターゲットにして,歩行者が看板を避けて歩くかを観察しました。次に,その歩行者に対してインタビューを行い,看板に書いてあったサインを認識しているか,また歩行中にどの程度歩行に集中していたかを調査しました。

600名近い人に調査しましたが,研究協力に同意するなどの条件に合致した人のみを対象としたため,234名のデータが対象となりました。

その結果,歩行中の状況をしっかり認識して歩いていた人は3割程度でした。5割の人は状況をほとんど認識しておらず,看板を避けて歩いたことすら覚えていませんでした。

3割程度の対象者は,別のことをしながら歩いていました(いわゆるデュアルタスク状況)。他者と会話していたり,スマートフォンを操作したり,音楽を聴いたりすることが,主な内容でした。また5割程度の人が,何らかの考え事(mind wandering)をしていました。この中には歩行に関連することもあります。例えば,早めに反対側の歩道に移動しよう,といった内容です。しかし,歩行以外の考え事をしていた人も多くいました。

Harms氏らは,その道に慣れている人ほど,状況をほとんど認識せずに歩いていると考えました。しかし,データ上はそうした関連性は見られず,考え事をしながら歩いている人に共通する傾向は見いだせませんでした。

Harms氏らは得られた結果に基づき,歩行中にアウェアネスのレベルで状況を認識することは,安全管理の必要条件ではないと結論しました。実験室的研究では,デュアルタスク状況などで歩行に集中できないことが,安全管理に悪影響を及ぼすことを指摘することが多くあります。Harms氏らは,もしかすると実験室的研究での歩行状況と,実環境での歩行状況では,安全管理のプロセスに違いがあるのかもしれない,ともコメントしています。


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