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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#592 日本体育学会第70回大会ランチョンセミナー

9月10-12日に慶応義塾大学日吉キャンパスで行われた,日本体育学会第70回大会に参加いたしました。

私が所属する体育心理学領域では,特別招聘外国人として,ケルン体育大学のMarkus Raab氏が招聘されました。Raab氏はヨーロッパスポーツ心理学会の会長でもあります。12日はRaab氏の講演に加え,サテライト企画としてランチョンセミナーが開催されました。日本人の研究を紹介し,Raab氏とディスカッションするという企画です。話題提供者の一人として発表をしましたので,その概要を報告します。

私の話題提供のテーマは「適応的な移動行動の調整作用」でした。Raab氏が講演にて提唱された,「motor heuristics」と「embodied cognition」の概念を当てはめて説明するという試みを行いました(正式タイトル:Adaptive locomotor adjustments: understanding based on the concept of “motor heuristics” and “embodied cognition)。

「motor heuristics」とは,経験則に基づいて,素早く・効率よく判断するプロセスです。素早さ・効率性を優先するため,言い方を変えれば,大雑把な判断(rule of thumb)をすることになります。「embodied cognition」とは,身体情報が参照される形で認知情報処理が行われることを示す概念です。空間の特性が身体の情報と関連付けられていることや,“大きい”という文字の処理)は,大きな動作を実施している時の方が,小さな動作を実施している時よりも処理が容易,といった現象を総称している概念です。

歩行中に段差をまたぐ動作に着目すると,脚は段差よりもかなり高くあげる傾向があります。安全マージン(つま先と段差との空間)は,時に10㎝程度となることもあります。もっと慎重に動作を遂行すれば,安全マージンはずっと小さくなるはずです。しかしそうした慎重な動作には時間がかかる(大きく減速する)という弊害があります。歩行においては目的地に素早く到達することも重要ですので,マージンをある程度大きくすることで(rule of thumb),極端に減速させない方略をとっていると考えられます。

障害物回避動作を観察すると,空間と身体との相対関係が瞬時に知覚され,行動調整に生かされていることがわかります。身体化が起こっているわけです。スポーツ熟練者は,長年訓練してきた環境においては身体化現象が見られます。逆に未経験の要素を環境に含めると,身体化現象が見られなくなることもあります。

当日はこれらの内容を網羅的に, 12分の時間を使って英語発表しました。ランチョンセミナーではもう一人の話題提供者として,武庫川女子大学の田中美吏氏がプレッシャー研究に関する一連の研究成果を説明されました。また,全体のコーディネーターとして,筑波大学の國部雅大氏が細部にわたる配慮で全体を統括してくれました。

Raab氏は数多くの業績を残された著名な先生ですが,我々の話を大変熱心に聞いてくださり,議論してくださいました。事前に実施された打ち合わせの席でも,大変紳士的に様々な議論をしてくださいました。知識だけでなく,振舞いとしても大変勉強になりました。




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