本文へスキップ

知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#583  屋外環境での歩行測定(Twardzik et al. 2019 ほか)

実環境で様々な状況に適応している歩行の状況を,実験室でそのまま再現するには限界があります。最近,実環境でも歩行の基礎特性を測定可能なセンサー開発が進み,研究の自由度が増しました。今回は,慣性センサ―を使って屋外環境での歩行研究を実践した研究を3つ紹介します。

1.屋外環境での歩行スピード・歩幅・歩行率

Twardzik E et al. What features of the built environment matter most for mobility? Using wearable sensors to capture real-time outdoor environment demand on gait performance. Gait Posture 68, 437-442, 2019

Opal(APDM IMU system)と呼ばれるウェアラブルセンサー(慣性センサ)を使って,歩行スピード,歩幅,歩行率(1分間当たりの左足のステップ数)を測定しました。1.3㎞にわたる屋外環境を12の区間に分け,「斜面の有無」「歩道の狭さ・材質」「障害物(穴が空いているなど)」といった基準で特徴づけておきました。参加者は平均38.5歳の成人です。このほか,平均69歳の参加者5名にも参加してもらい,少し短めの距離で(250m)同様の測定をしました。

実験室的な環境であっても,斜面があったり歩行路が狭かったりすると,歩行スピードが低下し,歩幅が狭くなり,歩行率が下がるといった変化が見られます。Twardzik氏らの研究でも,おおむねそのような傾向が見られました。しかし状況によっては別の対応を取ることも多くありました。例えば歩道に障害物があった場合,逆に歩行スピードを上げ,歩幅を広げる対応が取られました。基本的に若い参加者が多かったことを考えれば,いつでも歩行スピードを下げて障害物に対応するわけではないというのは,十分理解できます。こうした現象は,実環境の測定だからこそ観察できた現象ともいえます。

2. 環境負荷の大きい場所での歩行スピードの減速率

Duchowny et al. Using mobile, wearable technology to understand the role of built environment demand for outdoor mobility. Environment Behav, 1-18, 2018

1と同一グループによる研究です。道路に割れ目が入っていたり,穴が空いていたりといった悪路を歩くときや,信号のない交差点を渡るときは,歩行スピードが0.3m/s(約20%)減少することを報告しています。

3.屋外環境での歩行のばらつき

Tamburini P, Moving from laboratory to real life conditions: Influence on the assessment
of variability and stability of gait. Gait Posure 59, 248-252, 2019

1&2と同様,Opalをセンサーとして用いた研究です。しかし,従属変数として用いるデータが異なり,体幹部に取り付けたセンサーから得られる加速度情報の“ばらつき”,ならびに“安定性(再帰性定量解析やエントロピーの指標)”を指標としています。

若齢者を対象に,大学構内の屋内・屋外歩行の様子を比較検討しています(その他の条件も比較していますが,ここでは割愛)。その結果,屋外歩行においてばらつきが大きくなるという結果を得ました。但しここでのばらつきの大きさは,バランスが崩れたというよりはむしろ,屋外の様々な状況に適応した結果としてばらついたものであろうと,著者らは解釈しています。



目次一覧はこちら