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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#577 歩行者を避ける方略:軌道変更と減速の使い分け(Huber et al. 2014)

今回ご紹介するのは,他の歩行者を避けて歩く方略に関する論文です。オープンアクセスにつき,どなたでも論文をダウンロードできます。ドイツの研究者による研究ですが,最新の知識に乏しい読者にも理解してもらおうとする解説意識がとても高く,書き手の視点からも参考になる論文です。

Huber M et al. Adjustments of speed and path when avoiding collisions with another pedestrian. Plos One 9, e89589, 2014

今,他の歩行者が衝突回避を一切しない状況を考えます(歩きスマホをしている人の歩き方のイメージ?)。歩行者が真正面から自分に向かってくる場合,軌道修正が唯一の衝突回避方法です。

これに対して他の歩行者が歩行路を横切ってくる場合や,歩行路に対して斜めに侵入する場合には,軌道を修正してもよいし,単に減速するだけでも衝突を回避できます。Huber氏らは,こうした状態でどのような方略を選択するのかを明らかにすることにしました。

実験には10名の若齢健常者が参加しました。参加者のスタート地点とゴール地点を結ぶ直線歩行路に対して,他の歩行者(実験協力者)が侵入する状況が作り出されました。参加者が何もしなければ衝突してしまう地点があり,その地点とスタート地点を結ぶ線を基準とし,45度からの侵入,90度からの侵入(横切る),135度からの侵入,180度からの侵入(真正面)の条件がありました。このほか,コントロールとして衝突地点で静止した条件も追加されました。

実験の結果,全ての条件において軌道の修正がなされました。つまり軌道修正は,他の歩行者(動く障害物)との衝突を避けるうえで万能な方略であることがわかります。

45度および90度からの侵入の2条件では,軌道修正に加えて,減速が組み合わされることが分かりました。この理由についてHuber氏らは,2つの仮説を提示しました。第1に,この2条件では減速をしないと軌道修正の度合いが大きくなり効率が悪いため,減速を利用して軌道修正を最小限に抑える,という仮説です。第2に,視覚情報に基づいて衝突回避のタイミングを予測すること(time to contact)の難易度が,この2条件ではやや高いため,減速して調整せざるを得ない,という仮説です。

衝突回避方略に関するモデルが多くあります。Huber氏らは,time to contactの利用を想定するモデルが,今回得られた現象に最も適合性が高いと結論しました。Huber氏の論文は,こうしたモデルの解説としても優れています。こうしたモデルに関心がある方は,ぜひ原典をご覧ください。


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