セラピストにむけた情報発信



【業績報告】動詞の身体性認知(Yasuda et al. 2017)




2017年2月20日
研究室の博士後期院生,安田真章氏が,動詞の認知情報処理に関する研究成果を国際誌に発表しました。いわゆる身体性認知に関する研究です。

オープンアクセスの雑誌ですので,どなたでも無料で論文をダウンロードできます

本研究のユニークな考え方は,「“身体の動きを表現する動詞(投げる,たたく)”の処理には,動きの実行にかかわる脳領域(運動実行関連領域)が関与している」というアイディアです。もしもこのアイディアが正しければ,腕の拘束など,窮屈な身体姿勢の下では,運動実行関連領域の活動が干渉されるので, 身体の動きを表現する動詞の処理のみが,特異的に遅れてしまうはずです。(逆に言えば,身体の動きに関連しない動詞については,窮屈な身体姿勢の影響は見られないと予想されます。

安田氏はこうした考え方の妥当性を,心理学的な実験手法で検証しました。ディスプレイ上に物体の絵と単語とが連続して提示されます。参加者は,その物体と単語が矛盾なく合致しているかどうかを回答することが求められました。もしも「ボール」の絵に続いて「投げる」の単語が出てきたら,「合致する」と回答します。しかし,もしも「ボール」の絵に続いて「やぶく」の単語が出てきたら,「合致しない」と回答します。この課題を,通常姿勢と腕の拘束姿勢で行ってもらいました。

仮説検証のために,2種類の動詞を使用しました。手の動作を表わす動詞と,そうでない動詞です。仮説が正しければ,手の動作を表わす動詞のみが,腕の拘束姿勢時に遅延するはずです。

実験の結果,確かに腕の拘束で,手の動作を表わす動詞に対する反応が遅延しました。しかし,それ以外の動詞についても遅延がみられました。つまり,動詞の種類にかかわらず,腕の拘束時に遅延が生じました。仮説の検証という意味では,この結果は完全に仮説を支持したというわけではありませんでした。論文ではこの結果を,「脳の運動実行関連領域が言語処理に広くかかわるという可能性」と,「単に腕の拘束で作業効率が落ちた」という2つの可能性から議論をしました。た。

本研究は,安田氏が3年間コツコツと休まず実験を積み重ねねてきた成果をまとめたものです。

安田氏は修士時代には,私が関わる車いす利用時の知覚判断の研究を手伝ってくれました。そしてその研究成果は国際誌で公表されました。安田君は博士後期に進学し,より熱心に取り組める課題として,自分自身でこのテーマを選択しました。うまくサポートできて,こちらもほっとしています。

アムステルダム自由大学のJohn F Stins氏にもご協力いただきました。Stins氏とは数年前の研究交流の蓄積があります。今回の論文投稿では,仮説を支持する結果出なかったこともあり,その解釈では査読者と何度もやり取りしました。Stins氏の効果的な助言がなければ,このタイミングで論文を出版できることはなかったかもしれません。

この雑誌は,査読者の氏名も公表されるなど,とてもユニークなスタイルの雑誌です。ご関心のある方は是非原文をご覧ください

(メインページへ戻る)