2014年1月6日
本年もどうぞよろしくお願いします.新年最初の話題は,研究室の大学院生,安田真章君(M2,理学療法士)の業績報告です.修士論文の研究データの一部が論文化されました.今回はその研究内容をご紹介します.
Yasuda M et al. Can perception of aperture passability be improved immediately after practice in actual passage? Dissociation between walking and wheelchair use. Exp Brain Research. 10.1007/s00221-013-3785-9, in press
「習うより慣れろ」と言われるように,私たちの様々な行動は経験によって洗練されていきます.状況判断能力についても,経験を通して磨かれていく要素が強いだろうと思います.この論文で私たちが議論したのは,「私たちの状況判断能力は,関連する経験を通して“即時的に”磨かれるのか?」という話題です.
研究の詳細をご紹介する前に,理論的背景に触れたいと思います.
かつて私は,車いす利用時の隙間通過可否判断を対象としてこの問題にアプローチしました(Higuchi et al. 2004, J Exp Psychol: Appl).
この研究では,車いすの車両感覚が,狭い隙間を通るという経験(直接経験とここでは呼びます)によりどの程度即時的に向上するのかを検討しました.その結果,たとえ健常者であっても,初めて使用する車いすの車両感覚は正確ではなく,直接経験によって即座に改善されることもありませんでした.
この成果から私は,少なくともこの研究で対象とした課題においては,直接経験の効果は即時的ではないと結論づけました.
この結論に対して異を唱える研究が登場しました(Franchak et al. 2010).
Franchak et al.は,「通過可能/不可能の境界の隙間幅を何度も経験させるような条件設定にすれば,直接経験の効果は即時性を持つ」ということを,歩行中の隙間通過課題を対象として明らかにしました.研究の詳細は過去のページをご参照ください
確かにHiguchi et al. では,車いすで通過可能なギリギリの幅が67㎝程度であったのに対し,直接経験で通過した幅が5㎝間隔の隙間幅(60㎝,65㎝,70㎝,75㎝,80㎝)でした.つまり,67㎝前後の隙間幅を何度も経験して,ギリギリの幅を見極める経験は与えられていませんでした.
そこで今回私たちは,安田君を中心として,Franchak et al.の主張が確かに正しいかどうかを確かめてみることにしました.
具体的には,「直接経験をしても,ギリギリの幅を見極める経験に乏しければ,即時的な効果を見られない」かどうかを検証しました.実はFranchak et al.では,この検討がなされておらず,彼らの実証は完璧でないと我々は考えました.
隙間通過可否判断を対象として,歩行場面(実験1)と車いす場面(実験2)の両方で試してみました.
その結果,Franchak et al.の主張に反して,ギリギリの幅を見極める経験の有無は,直接経験の即時性には効果を持ちませんでした.
歩行場面では,ギリギリの幅を見極める経験があってもなくても,直接経験に即時性がありました(前述のようにFranchak et al.は歩行場面で検討していました).これに対して車いす利用場面では,ギリギリの幅を見極める経験があってもなくても,直接経験の即時性はみられませんでした.
以上のことから,直接経験が隙間通過可否判断を即時的に向上させるかどうかは,対象とする移動様式に依存することがわかりました.歩行は今回の実験対象者(健常成人)にとっての通常の移動様式です.熟練した移動様式の文脈ならば,経験が即時的に効果を持つのかもしれません.
M2在籍中の国際誌アクセプトは,私の研究室からは初めての経験でした.大学院に入る前の研究生の1年間,とても誠実に修業してくれたことが結実したと分析しています.研究仲間のJeffrey
B Wagmanにもサポートしてもらったことは収穫でした.
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