セラピストにむけた情報発信



本紹介:「注意と運動学習」(2)




2010年7月26日

前回ご紹介した,Wulf氏の「注意の方向付け」の考え方については,スポーツ心理学の領域では長年議論されてきましたので,個人的にも色々と考えることがあります.

とても重要な示唆と感じるのは,運動支援者がいたずらに対象者の注意を身体内部に向けるのは良くない,という発想です.

経験豊かな運動支援者は,対象者の動きに問題があれば,すぐに気づくことができます.よって,例えば膝の伸展や下肢の振出し動作などの改善を目的とした学習が必要,といった学習計画を立案できます.しかし,だからと言って「膝を伸ばして」,「足を大きく前に出して」といった形で,問題部位に注意を向けさせることは,必ずしも問題の解決に結びつくわけではないかもしれません.そもそも健常者はそうした動きを意識的に制御しておらず,意識的なコントロール=改善とはならないからです.

従って,こうした患者の局所的な身体部位の問題は,「運動支援者が観察するポイント」であって,いつでも「患者が注意すべきポイント」とはいえないと考えています.

このような視点に立つと,6章に記載されている「姿勢制御自体に注意を向けさせずに,姿勢制御を学習させる」という着想は,有益な情報であると思います.

スポーツ選手の学習支援のような場面では,身体内部に注意を向けさせる教示を与えても,その教示を活かして選手が自己調整的に全身の協調ポイントを見つけることもあるかもしれません.しかしリハビリテーションの場合,身体内部に対する局所的な注意が,バランスを大きく崩すことにならないか,慎重に判断したほうが良いのかもしれないと感じます.

このようにWulf氏の考え方に共感する一方で,私自身は100%Wulf氏の考え方に傾倒しているわけではありません.

例えば,学習を促進するといわれる「身体外部への注意」について,「身体外部」の考え方がなかなか厄介です. たとえば混雑した場所での歩行の場合,環境の変化の知覚が安全な歩行に重要です.こうした場面で注意を1点に集中させることは,かえって環境の変化の知覚にマイナスになる場合があります.

従って,安全な場面での歩行訓練中ならば,身体外部の設定について何らかの工夫が可能ですが,「患者が実環境で歩く場面において,患者の注意をどこに方向づけるか」という問題は,非常に難しい問題と感じています.

また以前もこのコーナーでご紹介したとおり,身体外部の注意の効果については,方法論的な問題がある場合もあり,今後さらなる調査が必要かもしれません.

本書の7章には,Wulf氏の考え方が,高齢者やパーキンソン病,脳卒中患者などの運動学習に応用されている成果の一端が紹介されています.研究数はまだ少ないようですが,こうした考え方に触発されたセラピストの方々が,数多くの知見を公表することで,研究領域に対して良質な情報が還元され,上記のような議論が発展するのだろうと期待されます.

このような議論に格好な資料をご提供くださった,訳者の水藤先生と沼尾先生に深く感謝申し上げる次第です.

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