2010年7月19日
効果的な運動学習を促すために,運動支援者はどのような言語教示を与えるべきか...
今回ご紹介する本は,運動支援者の適切な指導方法として,「注意の方向づけ」の観点から論じた著書の訳本です.この本の内容に深く傾倒すると,歩行訓練中に「膝を伸ばして」,「足を大きく前に出して」といった,身体部位に注意を向けるような指導は間違った指導法かもしれない...という懸念を抱くことになります.
Wulf G. 著,水藤健・沼尾拓訳,注意と運動学習-動きを変える意識の使い方.市村出版.2010.
著者のGabriele Wulf氏は長年にわたり,学習者の注意の方向付けによって運動学習効果が異なるという実験結果を蓄積し,身体外部への注意(External
Focus)を誘導する指導をすべきだという主張を展開しています.
このような主張の背景には,身体内部へ注意を向けた状態(Internal Focus)での身体運動は,その場のパフォーマンスにも,またその後の運動学習にも悪影響を与えるという考え方があります.
私たちの身体運動の多くは全身の協調運動ですので,その一部を意識的にコントロールして動かそうとしても決してうまくいかない場合があります.かえって全身の協調性が崩れかねないこともあります.Wulf氏は,身体の一部分を意識的にコントロールしようとすることの弊害は,学習にも影響を及ぼすと考え,非常に多くの実験の蓄積を重ねてきました.本書では,具体的にどのような課題に対してどのような弊害があるのかについて,詳細かつ丁寧な紹介がなされています.
Wulf氏の研究は,スポーツ心理学の領域では古くから知られており,これまでその実験的検討の是非や,スポーツの指導現場への還元方法が議論されてきました.
しかし本書の構成をみると,この本がスポーツ領域ではなく,リハビリテーション領域に応用することを念頭に編集されていることが分かります.
実際,訳者の水藤先生と沼尾先生は理学療法士であり,その日本語訳にも,臨床領域に有益な情報を提供しようとする想いが強く伝わってきます.
今回はここまでとし,次回はWulf氏が主張する「注意の方向付け」の考え方について,私見を述べさせていただく予定です.
|