セラピストにむけた情報発信



注意の内的・外的焦点化と運動パフォーマンス・運動学習の関係について思うこと




2010年2月2日

運動学習に関する研究では,運動遂行中に注意を身体内部に向けるか,あるいは身体外部に向けるかによって,その際の運動パフォーマンスや運動学習に及ぼす影響が異なるという研究が数多くあります.それらの研究の多くは,運動中に注意を身体外部に向けるほうが,身体内部に向けるよりも運動パフォーマンスにも運動学習にも良いということを指摘しています.

もしこの問題に詳しくない方は,最近の研究の一例として,Wulf氏の研究をご紹介いたしますのでご参照ください.冒頭のイントロダクションをお読みいただくと,身体外部に注意を焦点化させることの効果を示した研究例や,その効果を説明するための理論がわかりやすくまとめられています.

Wulf G. et al. Increased jump height with an external focus due to enhanced lower extremity joint kinetics. J Mot Behav 41(5), 401-409, 2009.

この実験の概要については,期せずして大学院生の安田和弘君が最近ホームページで紹介してくれていましたので,合わせてご参照ください

今回ご紹介した研究に限らず,関連する研究を読む際に,私がしばしば疑問に思うことがあります.それは,報告されている実験結果が,本当に「身体外部に注意を向けることが運動パフォーマンスに良い」ことを指摘しているのか?ということです.

研究の中には,運動遂行中に注意を身体内部に向ける条件と,身体外部に向ける条件の2つの条件を設定し,運動パフォーマンスの成績を比較しているものが数多くあります.そして実験の結果,2条件間の運動パフォーマンスに有意な差があり,身体外部に注意を向けた条件のほうがより高いパフォーマンスが得られる,という結論がえられています.

実は,この結果だけで「身体外部に注意を向けるのは効果的だ」と結論付けるのは,やや早計です.というのも,身体外部に注意を向けることに何の効果もなく,単に「身体“内部”に注意を向けることに運動パフォーマンスを”阻害”する効果がある」場合でも,全く同じ実験結果が得られてしまうからです.すなわち,前述の2つの条件を比べただけの実験で言えることは,は「身体内部に注意を向ける条件に比較して,身体外部に注意を向けるほうが,成績が良い」ということのみです.

従って,純粋に「身体外部に注意を向けることが有益であり,積極的に行うべきだ」ということを実証するためには,注意の焦点付けを操作する2条件だけでなく,注意の焦点付けをおこなわないコントロール条件の設定が必要です.このコントロール条件に比べて,明らかに身体外部に注意を向けることが有益である場合にのみ,その効果を積極的に主張することができます.

ただ,注意の焦点化がもたらす効果を説明する概念を見るかぎり,「身体内部を焦点化することのネガティブな効果」を概念化したものが多いように思われます.冒頭で紹介したWulf氏の論文で紹介されているConstrained action hypothesisという仮説では,身体内部における注意の焦点化が自動的にコントロールされるべき運動を拘束してしまう,という主張が概念の中心を構成しています.従って,「外的な注意の焦点化はこの自動的なコントロールを妨げない」というのが,直接的に導かれる結論であり,必ずしも「何もしない場合より強固に自動的なコントロールを促す」という結論にはなりません.

以上のことから,現時点では「リハビリテーションの現場では,身体の局所的な部位に患者さんの注意が焦点化しないように留意しましょう」というのが,誠実な示唆であるように思います.

この他にも,「そもそも身体外部とは何なのか」,「注意が身体外部に向いていることを実験的にどのようにして証明するのか」など,リハビリへの応用を考える上で深く議論すべきポイントが色々あるように思いますが,これらの議論はまた別の機会におこないたいと思います.



(メインページへ戻る)