日本留学帰還者に関する調査研究

(何彬:研究班C「移動と獲得」)

 

 グローバルシティーとしての東京では、アジア諸国からの人的な移動が多い。本研究では、アジア諸国から移動してきた彼らの日本社会適応のプロセスと問題点を観察、調査し、そのデータ及び分析の結果を、留学環境のさらなる改善及び、多様な文化的背景を持つ人々が快適に暮らせる国際都市東京を形成する施策のための参考データにするものである。

1980年代以後、中国、台湾、韓国から多くの留学生が来日したうえ、今日までにすでに学業を終えた者が多くいる。中には日本で就職した者もあるが、帰国した者も少なくない。人数が圧倒的に多い中国出身の日本留学経験者の経験は、外国人の日本社会への適応過程を理解する上で重要であり、今後の教訓ともなり得る。

留学帰還者の調査を通して、東京の外国人学生の就学および生活環境、就職などにおける、外国人として不慣れな点、改善すべき点などの情報を得ることが可能となる。また、日本留学をすでに終了した人々に、日本留学への経験から、グローバルシィー東京への希望など重要な意見を聞ける見込みがある。  

留学帰還者への調査

 今回の調査対象は中国で「海帰(ハイグイ)」と呼ばれる人たちである。海帰(ハイグイ)」と「海待(ハイダイ)」とは、海外からの留学帰還者指す語であり、1999年から使用され、その後流行語となった。「海帰(ハイグイ)」と「海待(ハイダイ)」は、両者とも留学帰還者の大量帰国という社会現象から生まれた語であり、海外から帰国した人々を指しているが、「海帰」と呼ばれる人々は、海外で学位(博士がほとんど)を獲得した上、帰国後は良い職に就き、研究や商業などに成功した者を指す語である。一方「海待」とは、海外留学して学位が取れても、帰還後すぐに良い職に就けず、しばらく無職の状態である者を指す。中国語で職を探している状態の人、失業の語を避けて「待業」の語で呼ぶが、特に「海外からの帰還者であるが、待業状態者」たちを「海待」と呼んでいるのである。「海待」たちは社会に未成功者と見られるため、自分の海外経歴を口外せず、組織もない。そのため、彼らの実態を把握することは難し、本調査は「海帰」に集中することにした。

 

調査結果

1913年に成立した「欧米同学会」の下に19998月「留日同学会」が成立した。「留日同学会」の成立は、日本からの「海帰」が一定の人数に達したこと、日本からの留学帰還者は一定の影響力をもつようになったことを物語っている。「留日同学会」には、北京・上海に二つの支部がある。今回の調査は北京で行った。
 まず、大学や研究機構に勤めている「海帰」探しから調査を行った。一部の「海帰」と連絡をとり、聞き取り調査を実施したほか、電話やメールで連絡し、アンケート調査を実施した。調査の結果、下記のように日本からの「海帰」についていくつかの傾向や活動類型が確認できた

  1. アメリカ留学帰還者は昔からメディアに注目されていたが、日本留学帰還者の成功事例は、これまで注目されてこなかった。しかし、ここ数年は徐々に新聞に登場し、社会的な認知度が高まっている傾向がみられた。                      
  2. 帰還者による研究組織が構成されている。学術研究組織の存在がいくつか確認できたが、いずれも小規模であった。一部のメンバーに対して活動に関する聞き取り調査を行ったところ、毎年正月に懇親会兼情報交換を行ったり、定期的な研究会を開いているという。メンバーとメールで連絡のうえ、アンケート調査を行ったところ、回答者はわずかであり、特定の組織以外とのつながりには興味を示さないようであった。最近の中国では個人情報保護の意識が高まっていることも一因として考えられる。                            
  3. 財団や留学組織による結束がある。日本財団奨学金を受けた者同士のつながりは帰国後も存続し、帰国後も連絡を取り合っていることが確認できた。                
  4. 留日「海帰」たちは様々なグループにおいてゆるやかなつながりをもっている。日本留学時にも、同じ大学内での留学生組織は重要である。助け合った経験を持つ彼らは、帰国後もその絆を継続させる。具体的に中国での求職、生活においてどのような役割を果たしているのかは、今後の調査課題の一つである。                   
  5. 「海帰」出身の大学教員が数多く存在する。北京の各大学に日本留学帰還者がいることを確認したが、詳細な連絡先は教えてもらえないことが多い。彼らは特別な帰国者組織に属さないことがほとんどである。また、そうした「海帰」教員は散在しているために今後の調査に工夫が必要である。                              
  6. 早期の留日「海帰」の成功者の多くは、会社、官庁、研究機構の中堅となっていることが多い。多忙等の原因で連絡に応じない者も少なからずいた。会社勤めの海外帰還者は成功者として経済的に裕福であるため、自分の身の上に関する調査に警戒心がみられた。

    調査で得られた印象      

 親日感情と帰還後の成功は留学時に恵まれた環境と関連しているようである。 留学基金や財団奨学金の援助を受けて留学目的に達成した人々は、ほとんど感謝の言葉をもって自分の留学を振り返っている。帰国後も奨学金をもらった留学生同士や、関係者の日本人たちとも連絡を取り合っているようであり、「友好的な雰囲気」が感じられる。

 留学生の異文化適応に種々の助けが不可欠であることは、言うまでもない。外的な援助、経済的な援助のほかに、異文化に順調に順応するための細かい支え、心のケアも不可欠であることの重要性が、本調査で見えてきた。