本文へスキップ

知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#770 【成果報告】加齢に伴う衝突予測力低下の背景にある視覚的要因:VRを用いた検討(Sato et al. 2023)

博士後期課程3年生,佐藤和之君の研究成果が,Experimental Aging Researchという雑誌に掲載されました。バーチャルリアリティ(VR)を用いた実験に基づく成果です。以下,その概要を紹介します。

Sato K, Fukuhara k, Higuchi T. Age-related changes in the utilization of visual information for collision prediction: A study using an affordance-based model. Experimental Aging Research, in press. DOI: 10.1080/0361073X.2023.2278985

歩行中に他の歩行者との衝突を避けるためには,他の歩行者と自らの動きによって生じる距離関係の変化を視覚的に捉える必要があります。こうした状況での衝突が起きるかどうかについては,2つの視覚情報を利用することで予測可能とされています。第1に,網膜上に投影される他の歩行者の拡大率の情報であり,単位時間にどの程度拡大率が変化するかに関する情報に基づき,衝突までの時間を予測することができます。第2に,互いに移動する対象者と自身との間にできる角度(ベアリングアングル)の情報です。先行研究によれば,高齢者は,これら2つの視覚情報を利用して衝突を判断する能力が低くなることが報告されています。

佐藤君が検証したのは,2つの視覚情報の知覚のうち,特に加齢に脆弱なのは,どちらなのかを特定することでした。従来の先行知見では,物体の拡大率の知覚と,ベアリングアングルの知覚を独立に扱っているため,どちらがより顕著に加齢の影響を受けるかについては,議論されていません。佐藤君は,これら2つの変数を実験的に操作できる実験課題(Steinmetz ST, et al. 2020)をバーチャルリアリティ(VR)環境下で再現することで,この問題を検討しました。

健常高齢者18名(73.0±5.4歳),ならびに健常若齢者15名(23.5±4.0歳)が実験に参加しました。実験課題では,移動するターゲットの軌道を追いかけた際,時間内にインターセプトできるかどうかを,できるだけ最速で判断することが求められました。この実験の途中で,物体の拡大率の情報,もしくはベアリングアングルの情報に,“うその情報”(外乱情報)を加えました。もし対象者がインターセプトできるかの判断にこれらの情報を用いている場合,外乱情報が混入することで判断がおかしくなるはずです。逆に言えば,高齢者が加齢によってどちらかの視覚情報を利用できなくなっているとすれば,たとえ外乱情報が入っていてもインターセプトの判断には影響しないはず,と考えられます。佐藤君はこうした考えのもと,外乱情報がもたらす影響について,高齢者と若齢者の結果を比較しました。

その結果,拡大情報に対する外乱情報が与えられても,高齢者の成績は低下しないことがわかりました。佐藤君はこの結果から,2つの視覚情報の知覚のうち,特に加齢に脆弱なのは,物体の拡大情報の知覚だと結論付けました。衝突予測能力を改善するためには,物体の拡大情報に対する知覚感度の向上が必要であると,佐藤君は考えています。

佐藤君はこの研究を実施するにあたり,非常に長い時間をかけてゼロからVRを勉強し,実験課題をすべて自作で実施しました。実験の実施には長い準備時間を要することにはなりましたが,今ではそのVR作成技術が多くの人たちから評価されています。大学院生のうちに確かな技術を身に着け,ステップアップしていくことの重要性を,後輩たちにも示してくれています。

佐藤君のインタビュー記事(スタディサプリ)はこちらをご覧ください


目次一覧はこちら