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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#769 他者との共同行為を新規に学習する際の運動自由度の拘束と解放(Hafkamp et al. 2023)

2024年最初の投稿です。本年もどうぞよろしくお願いします。

「他者との共同行為を新規に学習するなら,始めに個人練習で行為の特性をつかませたほうが,いきなり2者で練習するより効果的」ということを示唆する,大変興味深い研究が,Frontiers in Psychology誌に最近発表されています。この論文はたまたま私が論文の査読者であり,内容が非常に面白かったため,ぜひこの場でも紹介したいと考えた次第です。オープンアクセスですので誰でも論文がダウンロードできます

Hafkamp MSJ et al. Freezing and freeing of degrees of freedom in joint action learning. Frontiers in Psychology 14, in press, 2023, DOI: 10.3389/fpsyg.2023.1287148

ある行為を新規に学習する過程での動きの変化を,運動自由度の拘束と解放という観点で解釈する考え方があります。今回ご紹介する研究では,他者との共同作業でおこなう行為を新規に学習する際の動きの変化を,運動自由度の拘束と解放という観点から記述した研究です。

実験課題は2本の長い棒の上にあるボールを,棒の所定エリア内をできるだけ早く往復させるというものでした。2人ペアの参加者がそれぞれ棒の一端をもち,共同で棒を動かしあってボールを上手く動かすことが求められました。

学習条件として,初めから共同行為として課題を行うグループと,始めに一人でこの課題を実行してから,その後共同行為として同じ課題を行う課題がありました。一人の場合,棒の一報がスタンドに括り付けられているため,自分の棒の操作だけでボールの動きが決定されるようになっていました。なお,共同行為としての課題をJoint actionとしてJと呼び,始めに一人で行う課題をSolo actionとしてSと呼びました。これにより,初めから共同行為として課題を行うグループをJS群と呼び(共同→ソロ),初めに一人で課題を行うグループをSJ群(ソロ→共同)と呼びました。

運動自由度の拘束と解放を評価するため,共同行為としての課題における両者の動きを,同調的か(両者が上下同じ方向に棒を動かす; supplementary),相補的か(両者が上下逆方向に棒を動かす; comprementary),もしくはどちらか一方が棒を動かさないか(freezing)の3カテゴリーに分類して評価しました。最後のカテゴリーが運動の拘束を意味しており,学習の初期に見られる動きと評価されました。

その結果,初めから共同行為として課題を行ったJS群では,運動自由度を拘束するパターンが動きの半数を占め,その傾向はある程度練習を重ねても変わらないことがわかりました。これに対して,始めに一人でこの課題をおこなったSJ群では,両者が相補的に棒を動かすパターンが多いことがわかりました。2人のペアが棒を相補的に動かせれば,地面に対する棒の傾きが大きくなり,それだけボールを早く動かせて,パフォーマンスを上げることができます。この結果は,始めに個人練習をしたほうが効果的であることを示唆しています。

個人練習が効果的であった理由について,Hafkamp氏らは,課題の特性を挙げています。この課題では,棒の傾斜とボールの動きの関係性を学ぶことが求められます。この関係性をいち早くつかむためには,個人の意思で棒を動かし,傾斜させ,それに伴うボールの動きのパターンを学習したほうが,いち早くルールを学習できるのではないかと,Hafkamp氏らは説明しています。

これに対して始めから共同行為として学習する場合,確かに一人があまり動かさず,一人の動きだけでボールの動きをコントロールしたほうが,制御としてはシンプルになり得ます。一度こうしたルールで学習が進むと,その後もそのルールを継続させて学習してしまうことを,このデータは示しているのかもしれません。

複数のプレイヤーがいかにしてチームで連動して動くことを学ぶのかを考える上でも,色々考えさせられます。


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