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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#768 カシオ科学振興財団の助成を受けました(高齢者の下向き歩行を脱却させるVRシステムの開発)

この度,公益財団法人カシオ科学振興財団の第41回(令和5年度)研究助成を受けました。

研究テーマは,「高齢者の下向き歩行を脱却させるVRシステムの開発」です。現在修士2年の脇遼太朗君と,博士3年の佐藤和之君が共同で推進している研究であり,マルチターゲットステッピング課題(MTS課題)という歩行課題を,バーチャルリアリティ環境下で再現し,様々な評価に応用しようとする試みです。MTS課題の生みの親でもある,筑波大学の山田実先生にも共同研究者として加わっていただいております。

歩行中の安全上の問題として,足元と遠方の状況の同時管理が難しいという問題があります。加齢によってデュアルタスク能力が低下することや,足元に視線が落ち,遠方の状況を知覚していないことが原因の一端と考えられます。問題の改善には,視線を遠方に向けてもらう必要があります。しかし,下向き歩行には歩行中の姿勢を安定化させる作用が考えられるため,強制的な視線誘導は転倒の危険性を高める可能性があります。

そこで本研究では,バランスを悪化させない形で高齢者を下向き歩行から脱却させ,足元だけでなく遠方の状況も同時管理できるよう支援するシステム開発として,MTS課題のVR化に取り組むこととしました。MTS課題では,歩行路に配置された赤,青,黄の3色の四角形のうち,指定された1色のみ連続して踏んで歩きます。山田実氏はこれまでMTS課題を用いて,ターゲットを1つでも踏み外す高齢者は転倒危険性が高いことや,転倒危険性が高いほど足元のターゲットしか見ていないことを報告しています。本研究ではMTS課題をVR環境下で再現することにより,歩行中に特定のターゲットを一時的に消去させるシステムを作ります。この状況下で課題を遂行するためには,ターゲットが消去する前に遠方のターゲットを認識なければならず,視線を遠方に誘導できるのではないかと考えています。

カシオ科学振興財団より助成を受けたのは,2014年度の助成依頼,2度目となります。2014年度のテーマは,「脳内情報処理における「運動-言語連関」の理解:効果的な運動学習支援に向けて」という内容でした。テクノロジーの会社であるという性質上,助成を受ける研究の多くは工学的な研究です。本財団が素晴らしいのは,そうした背景の中でも,社会の支援に役立つ研究ならば,工学機器の開発等に寄らない研究内容であっても研究であっても,支援してくださる点にあります。

また本助成は若手の支援を重視しており,年齢があがるにつれ,また職位が上がるにつれ,採択されるのが難しくなります。しかし一定の制約はあるものの,年齢が高い者でも申請内容によっては助成の対象としてくださる柔軟性も,非常に素晴らしい点です。私自身の年齢を考えますとこれが最後の助成となりますが,一緒に共同で研究する若手スタッフが,またいつか助成してもらえるよう,まずは今回の研究で成果を残すべく努力したいと思います。


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