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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#765 行為の正確性を支える動きの冗長性・柔軟性(Rosenblatt et al. 2014ほか)

「明らかな矛盾:ばらつきが増えることで正確さ(精密さ)が増す?(An apparent contradiction: increasing variability to achieve greater precision?)」

このフレーズは,イリノイ大学シカゴ校のRosenblatt氏,Grabiner氏らが2014年に発表した論文のタイトルです。あらゆる状況で精密・正確に行為を遂行するためには,行為を生み出す動きに冗長性(いわゆる遊びがある状態)・柔軟性がある必要があります。我々の筋骨格系には膨大な自由度があることを考えると,一見当たり前のようにも思えます。しかしこの現象を「行為を正確に再現するために,動きがばらつかないといけない」と捉えると,理解しがたい側面もあり,専門外の人にこの事実を伝えることに苦労することもあります。Rosenblatt論文(2014)は,こうしたことを反映した,絶品なタイトルのようにも思います。

動きの冗長性を評価する指標に,UCM解析という解析手法があります。UCM解析では,関節角度など,動きを作り出す要素間の協調性を定量化します。UCM解析を用いた関連論文を概観すると,行為の正確性と動きの冗長性について,以下のように理解できそうです。

  • 若齢者の場合,正確さが強く求められるときに冗長性が威力を発揮
若齢者は常に動きの協調性が高いわけではなく,行為の正確性が高まるときに協調性が高くなるという現象が報告されています(Rosenblatt et al. 2014)。常に協調性を高めた状態にしておかない理由は明確ではありませんが,制御負担を上げすぎない側面があるのかもしれません。

  • 健常高齢者にも状況に応じた調整能力が残っている。
高齢者は若齢者に比べて,同じ動作をした際に関節間協調性が低いことが報告されています(Hsu et al., 2013)。ただし,だからと言って全く調整できないというわけではなく,健常な高齢者であれば,高い正確性が求められる状況において,協調性が高くなることもわかっています(Rosenblatt et al. 2020)。Rosenblatt氏らは,状況に応じて関節間協調性を高められるかどうかが,バランス能力のバイオマーカーにもなりうるのではないかと指摘しています。

  • 高齢者は常時高い冗長性で行為を遂行している可能性
平坦な道での歩行のように,接地の正確性がそれほど高く求められいない場面では,高齢者のほうがむしろ若齢者よりも関節間協調性が高かったという報告もあります(Rosenblatt et al. 2020)。これについても明確な説明は現状できないものの,Rosenblatt氏らは,高齢者は若齢者よりも制御系に含まれるノイズ成分(Neuromotor noise)が大きいため,平常から関節間協調性を高めて制御せざるを得ないのではないか,と考察しています。


参考文献
Hsu, W. L., Lin, K. H., Yang, R. S., & Cheng, C. H. (2014). Use of motor abundance in old adults in the regulation of a narrow-based stance. European journal of applied physiology, 114(2), 261–271.

Rosenblatt, N. J., Hurt, C. P., Latash, M. L., & Grabiner, M. D. (2014). An apparent contradiction: increasing variability to achieve greater precision?. Experimental brain research, 232(2), 403–413.

Rosenblatt, N. J., Eckardt, N., Kuhman, D., & Hurt, C. P. (2020). Older but not younger adults rely on multijoint coordination to stabilize the swinging limb when performing a novel cued walking task. Experimental brain research, 238(6), 1441–1454.




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