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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#760 協調運動機能に及ぼすドーパミン神経伝達と運動抑制に関わる神経活動の影響(白川ほか2023)

私たちの研究室では,慶応義塾大学の北洋輔先生,ならびに北先生の研究室にいらっしゃる白川由佳氏(日本学術振興会特別研究員)と,協調運動機能について様々な議論や共同研究の機会をいただいています。今回ご紹介するのは,北先生・白川氏が最近発表された,ドーパミン神経伝達と運動抑制に関わる神経活動と,協調運動機能との関連について調べた研究です(共同研究の内容ではありません)。

白川由佳ほか,ドーパミン神経伝達と運動抑制に関わる神経活動が協調運動機能に与える影響。生理心理学と精神生理学 41, 1-12, 2023

この研究では,定型発達の成人を対象として,ドーパミン関連遺伝子多型に基づくドーパミン濃度と,脳波・事象関連電位に基づく運動抑制機能の相互作用として,協調運動機能の低下を説明できるかが検討されました。

ドーパミン濃度・運動抑制機能のいずれも,パーキンソン病患者における協調運動障害を説明する要因として取り上げられています。具体的には,脳内のドーパミン濃度が低くなること,そして合目的的な運動開始のために必要な神経活動の抑制機能が低下することが,協調運動機能の低下と関連がある,という指摘です。こうした指摘は,発達性協調運動障害(以下DCD)者における協調運動障害についても関連があるのではないかと指摘されています。

白川氏らは,現状は各機能が独立して議論されていることを問題意識として,両者の相互作用として協調機能の低下を説明できる可能性を検討しました。一般にこうした研究は動物を対象にした研究が多くありますが,白川氏は,ヒトを対象に行いました。ドーパミン濃度については,ーパミン関連遺伝子多型に基づいて相対的にドーパミン神経伝達が弱い人を推定する手法を取りました。運動抑制機能については,Go・No-go課題と呼ばれる課題における事象関連電位を測定しました。さらに協調運動機能として,MABC2と呼ばれるキットを使い,「手先の巧緻性」,「ボールスキル」,「バランス機能」を評価しました。

その結果,脳内のドーパミン濃度が低く,かつ運動反応抑制に関わる神経活動の低下が同時に認められる対象者は,他の対象者と比べてバランス機能が低いことがわかりました。この結果から白川氏らは,例えばドーパミン系の神経伝達に問題がある者でも,認知機能が適切に維持されれば,協調運動障害には至らない可能性があるなど,DCD児・者がもつ個人差の説明としても有益である可能性を指摘しています。


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