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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#749 身体性認知:表象を仮定する理論と仮定しない理論(Raab & Araujo, 2019)

本年9月29日~10月1日に開催される日本スポーツ心理学会第50回大会において,身体性認知に関するラウンドテーブルディスカッションが開催されます。話題提供者の一人として発表予定のため,身体性認知(Embodied cognition)について改めて様々な論文を読み進めています。今回はその一つとして,Raab氏とAraujo氏よる2019年の論文を紹介します。

Raab M, Araújo D, Embodied cognition with and without mental representations: the case of embodied choices in sports. Front Psychol 10, 1825, 2019, DOI: 10.3389/fpsyg.2019.01825

この論文が対象としているのは,スポーツ選手の状況判断の問題です。身体性認知の枠組みで状況判断を考える際に,表象の存在を仮定する認知神経科学的な立場と,表象の存在を仮定しない生態学的な立場とで,どのような理論展開をしていくかが解説されています。

著者の一人であるRaab氏は,2019年の日本体育学会70回記念大会においても,身体性認知について講演されました。Raab氏は特に,Prinz氏が提唱した共通符号仮説(common coding theory)をベースとして身体性認知の問題を考えています。共通符号仮説では,知覚と行為が共通のコードで結びついていること,そして中枢で予測される結果の予測(感覚予期)が行為のガイド役であることなどが説明されています。

Araujo氏は,知覚と行為の関係,ならびに生態と環境の関係は直接的であり,媒介として表彰の存在を仮定する必要はない,という生態学的な立場を取ります。この立場に立てば,認知は身体化されて存在しており(embodied in the body),また文脈の中に埋め込まれている(embedded in a context)ものとして捉えます。状況判断に関わる認知は,一連の行為の切り替わり(transition)として定義されるため,その認知過程は環境と生体で形作られるシステムの制約を受けると考えます。言い換えれば,システムの過去の状態が履歴としてその後の判断や行為に影響を与え続けます。

この論文は,表象の存在を仮定する立場と仮定しない立場の対比を明確にするための様々な工夫がなされています。まず,状況判断における身体性認知に関する論文として,表象の存在を仮定する立場と仮定しない立場の論文1編ずつ取り上げられ,逆の立場から見た考察がなされました。

次に,スポーツ選手の育成についての両者の考え方が紹介されました。いずれの立場も知覚と認知の連続的・循環的関係に着目する点や,スポーツの文脈の中で検証するという立場は共通していますが,どのような視点でパフォーマンスを評価するかが異なります。表象を仮定する立場においては,状況判断の正確性など,瞬間的な評価を重視しますが,表象を仮定しない立場の場合,選手間の関係性の変化など,時系列的な変化の度合いが評価の中心になります。

スポーツ選手の状況判断について,身体性認知という観点から見ていくこと自体は,この数十年のトレンドともいえます。依って立つ理論の違いで身体性認知の捉え方が異なることを知る知るうえで,大変有用な論文です。



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