本文へスキップ

知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#748 レジスタンストレーニングを不安定環境で行うことにより歩行中の不良なばらつきが減少する(Eckardt et al. 2019)

ダンベルを用いた各種運動のように,筋肉に抵抗をかける動作を繰り返し行う運動を,レジスタンス運動(resistance training)といいます。今回ご紹介するのは,高齢者を対象としてレジスタンス運動を10週間トレーニングとして実施する際,床を不安定なフォームとして実施したほうが,不安定な環境で歩行する際の不良なばらつき(Motor noise)が減少することを示した論文です。

Eckardt N et al. Instability Resistance Training Decreases Motor Noise During Challenging Walking Tasks in Older Adults: A 10-Week Double-Blinded RCT. Front Aging Neurosci 2019 Feb 27;11:32. doi: 10.3389/fnagi.2019.00032. eCollection 2019.

この研究の背景には,効果的な運動学習には,最適な運動を常に探索(exploration)することが必要であるという考えがあります。探索を続けることで,様々な外乱が起こっても,目的とする行為が常に実現できるような動きの状態になるというのが,探索を重要視する理論の根底にあります。

探索を通して,運動を作り上げる筋骨格系の要素はシナジー構造を作り,安定した行為が実現できること,またシナジー構造の様相については,UCM解析(Uncontrolled Manifold Analisis)を通して数値化できることが,関連研究から指摘されています。これらの発想に基づけば,同じ動きを繰り返すことを志向するレジスタンス運動は,必ずしも理想的な練習方法とは言えない可能性があります。むしろ,多少の外乱が練習中に起こり,それに対処しつつレジスタンス運動を続けるようなトレーニングが望ましいことになります。

Eckardt氏らは,スクワットやレッグプレスを,不安定な床環境で実施するトレーにングを,不安定性レジスタンストレーニング(instability resistance training)と呼び,伝統的なレジスタンストレーニングよりも,不安定な歩行環境での協調的な動きを高めるであろうと予想しました。Eckardt氏らは,82名の高齢者を対象とした実験の中で,上記2つのトレーニング群のほかに,ならびに歩行の転倒予防として重視される大腿二頭筋・四頭筋や臀部のトレーニングを重視して行う群を設定し,10週間にわたるトレーニング後に起こる歩行の変化について検討しました。

その結果,Eckardt氏らの仮説はほぼ支持されました。不安定性レジスタンストレーニング群の高齢者は,それ以外の2つのトレーニング群の高齢者に比べて,不安定環境下の歩行においてシナジー構造を形成した歩行を行っていることがわかりました。安定環境下の歩行については3群の違いは見られなかったことから,不安定で状況に応じた調整が求められる場面において,不安定性をレジスタンストレーニングに導入する意義が見出されたことになります。

Eckardt氏らの研究成果は,工夫次第で高齢者の歩行時のシナジー構造を強化し,運動の不良なばらつきを抑えることができることを示したことに,大きな意義があります。

目次一覧はこちら