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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#747 移動距離知覚に対する視覚の役割(Harrison et al. 2021)

私たちは,歩行や走行中に自身がどの程度の距離を移動したのか,ある程度正確に知覚できます。移動距離の知覚に関する知覚系の働きを,英語でしばしばOdometryと表現します。移動距離の知覚には,視覚,体性感覚(Haptic information),前庭感覚がそれぞれ貢献しています。今回ご紹介するのは,足元付近の視野で得られる規則的なオプティックフローが,移動距離の知覚にどの程度貢献するかを評価した研究です。

Harrison SJ et al. Assessing the relative contribution of vision to odometry via manipulations of gait in an over-ground homing task. Exp Brain Res 239 1305-1316, 2021, DOI: 10.1007/s00221-021-06066-z

12名の大学生を対象に,屋外にて55m×30mのスペースを使って実験がおこなわれました。対象者は6.5m,13m,19.5mの3つの距離のいずれかを移動しました。この移動距離を知覚し,復路にて移動距離を再生することが求められました。往路における体性感覚情報を操作するため,通常歩行とギャロップ歩行の2条件が設定されました。また,往路における視覚条件として,目隠し歩行(視覚なし)と,足元の視野だけが確保される条件が設定されました。一見したところ,足元だけ見えても移動距離に関する目印のような情報はないため,移動距離知覚には関係がないように思います。しかし先行知見から,足元付近で生じる規則的なオプティックフローの情報は移動距離の知覚に有益であることが分かっており,Harrison氏らはその情報の貢献度を評価することにしました。

往路が通常歩行である場合に比べて,ギャロップ歩行では移動距離を過小評価することが,先行研究で分かっています。この過小評価傾向が,足元の視野の提示でどの程度改善するかという基準を用いて,視覚情報の貢献度を計算したところ,約41%であることがわかりました。この結果は,足元付近で生じる規則的なオプティックフローの情報が移動距離知覚に一定の役割を果たすことを示唆しています。

論文のディスカッションでは,通常歩行とギャロップ歩行で移動距離知覚が異なることについて,2つの仮説が対比的に説明されています。関心のある方は,ぜひ原文をご覧ください。


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