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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#740 院生による論文紹介4 (D3菊地謙君):自閉スペクトラム症児の投球動作学習における注意の焦点化は,外的・内的どちらが有効か?;Tse. 2019; Asadi et al., 2022)

 大学院生による論文紹介コーナーです。博士後期3年の菊地謙君が担当してくれました。菊地君は発達認知科学の文脈から研究を行っています。今回紹介してくれるのは,研究のための情報収集の中で見つけた2編の論文です。  

自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder: ASD)の診断基準は,社会的コミュニケーションに障害を有することとなっていますが,多くの研究から運動能力にも障害を有することが明らかになりつつあります。そこで,ASDの子どもたちが効率的に新しい運動を学習するために,注意の焦点化という観点から運動学習の推移を検討した2つの研究をご紹介します。

1つ目は,2019年にAutismに掲載されたTse AC. Effects of attentional focus on motor learning in children with autism spectrum disorderです。

著者らは,Beanbagを的に向かって投げる課題を使って,注意の焦点化を外部または内部に与えることによって,的の中心からのばらつきがどのように推移するのかを測定しました。ASD児は,内的焦点指示群,外的焦点指示群,指示なし(コントロール)群の3群に振り分けられました。

実験の結果,3群とも回数を重ねるごとに的の中心からのばらつきは低くなっていきました。しかし,翌日に再度テストすると,内的焦点指示群のみ的の中心からのばらつきは低くなり,外的焦点指示群,コントロール群の的の中心からのばらつきは前日と同様に高い値を示しました。さらに,距離を30%延長した距離から投てきする転移テストにおいても,内的焦点指示群は的の中心からのばらつきは低く,残りの2群は的の中心からのばらつきは高くなりました。
これらの結果は,従来支持されていた運動学習における外的焦点指示の有効性とは逆の結果を示している。著者は,ASD児の運動学習を支援する際には,内的焦点指示を与えることのほうが効果的であることを主張しました。

2つ目は,2022年にResearch in autism spectrum disorderに掲載されたThe effects of attentional focus on visuomotor control during observational learning in children with autism spectrum disorderです。

著者らは,ASD児が他者の投球動作を観察している際の外的または内的注意の焦点化が,その後の投球パフォーマンスにどのような影響を与えるかについて検討しました。さらに,視線追跡システムを使用して,モデル視聴中の興味領域(外的焦点が与えられた場所,内的焦点が与えられた場所,無関係な場所)に対する視線停留時間と,投球直前の視線の静止時間(Quiet eye duration: QED)を測定しました。ASD児は,内的焦点指示群,外的焦点指示群の2群に振り分けられました。

実験の結果,運動観察中の外的焦点指示群は内的焦点指示群よりも投球パフォーマンスの改善が認められ,投球直前のQEDにおいても内的焦点指示群よりも長くなったことが示されました。加えて,外的焦点指示群の中でも,運動観察中の外的焦点部分に対する視線停留時間が長く,QEDが長い子どもほど,運動観察後の投球パフォーマンスは良好となっていました。同様に,内的焦点指示群においても,運動観察中の内的焦点部分に対する視線停留時間が長いほど,運動観察後の投球パフォーマンスは良好となっていました。

これらの結果は,ASDにおける運動観察学習では,特に外的焦点指示を与えることでその後の運動パフォーマンスが改善されることを示しています。著者は,1つ目のTse (2019)の研究とは異なる結果を示したことについては,ASD児の運動模倣の苦手さに示されるように,運動観察という文脈においてモデルの体に注意する(内的焦点)ことが不快であった可能性を考察しています。

これら2つの研究から,ASD児が効率的に運動学習をするためには,動作を反復して練習する際には内的焦点を与えること,運動観察により学習する際には外的焦点を与えることが有効であることが考えられます。
ヒトの運動学習モデル(内部モデル)を考慮すると,ASD児は身体内部の感覚情報を重視して運動学習を重ねている可能性が考えられます。さらに,他者の運動観察中には自身の内部モデルシステムを使わないほうが,運動学習上のメリットがあると考えられます。

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