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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#740 院生による論文紹介3 (D1坂崎純太郎君):個々人の視線パターンがその後の歩行行動を決定する?(Dominguez-Zamora et al. 2021)

 大学院生による論文紹介コーナーです。博士後期1年の坂崎純太郎君が担当してくれました。坂崎君の担当は,第1回目に続き2回目です。新しい研究テーマの構築のために参考にしている論文を紹介してくれました。  

Domínguez-Zamora, F. J., & Marigold, D. S. (2021). Motives driving gaze and walking decisions. Current biology, 31(8), 1632-1642.

歩行中の意思決定は,どのように視線情報を割り当てるか,また視線情報に基づいて,いつ・どのように身体を動かすかが重要です。この視線配置に伴う行動は,視覚情報の不確実さ(例:物体の移動軌道や路面環境),運動コスト(例:バランスの保持,場所の移動)が重要な要素となります。しかしながら,個人がどのように視覚情報と運動コストに重みづけをしているのかはわかっていません。

実験課題として,参加者はプロジェクターで投影された4つのターゲットを踏みながら歩く課題を行いました。ターゲットは2番目・3番目のどちらかが,二つのうち一つを選択することを強制されました。実験者はこのターゲット選択に運動コストと視覚情報の不確実性の要素を加えています。具体的には,運動コストはターゲットの配置(近い:low cost(LC)/遠い:high cost(HC))で操作し,視覚的不確実性は近いターゲットの明瞭度(6段階)で操作しました。つまり,参加者は視覚的不確実性が高いターゲット正確に踏む場合,はっきりと中心を見ることができる遠方にあるターゲット,または不明瞭な近くにあるターゲットのどちらを選択するのかを求められました。こうした行動の違いを視線行動(ターゲットへの注視時間・注視位置)や運動学的指標(接地位置の誤差)を検証しました。結果として,視覚的不確実性の変化は参加者によって注視の位置,HCターゲットを注視する時間,HCターゲットを選択する確率にばらつきを与えることが分かりました。

著者らはさらに二つの視線行動モデルを用いて,個人の視線行動とステップ選択の特徴を捉えなすた。一つ目は視覚的不確実性の変化に対する感度(例.視覚的不確実性増加に伴い,両ターゲットを注視する割合が増加する=空間的側面)をロジスティック関数の傾きとし,二つ目はHCターゲットを注視する時間(例.視覚的不確実性増加に伴い,HCターゲットへの注視時間が増加=時間的側面)を線形回帰の傾きから算出しました。結果として,視覚的不確実性増加に伴い,両方のターゲットに視線を向ける参加者・HCターゲット注視時間が長い参加者は,HCターゲットをより選択することが分かりました。この結果から,運動コストを最小にしたい参加者は,LCターゲットにより視線を向けて,LCターゲットを選択していると示唆されました。

これらの示唆は,歩行中のステレオタイプな行動は視線配置によって事前に規定されることを一部裏付けていると考えられます。歩行中の予期的運動調整をより深く理解するためには,視線行動含めた解釈がより一層求められると感じています。

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