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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#732 【業績紹介】脳卒中者に対する隙間通過行動を利用した介入(Muroi et al. 2023)

研究室の修了生である室井大佑氏(千葉県立保健医療大学)は,私たちとの共同研究として,脳卒中片麻痺者の知覚運動制御に関して,数多くの成果をあげています。室井氏は,私たちの研究室の象徴的な行動評価である,隙間通過行動を長年用いて研究しています。今回ご紹介するのは,室井氏が研究の集大成として行った,介入研究の成果報告です。

Muroi D et al. Training for walking through an opening improves collision avoidance behavior in subacute patients with stroke: a randomized controlled trial. Disability and Rehabilitation in press.

室井氏はこれまでの研究の中で,脳卒中片麻痺者が狭い隙間に対して体幹を回旋して通過する場合,麻痺側から隙間に入ると衝突しにくいことを発見しました(Muroi et al. 2017)。室井氏はこの性質を利用し,狭い隙間に対して麻痺側から隙間に入る行為を介入として用いることで,衝突回避行動が改善するのかについて検討しました。

38名の脳卒中片麻痺者が参加対象でした。脳卒中者の中でも認知機能が高く,半側空間無視のない者を対象者としています。参加者は週5回×3週間,一日40分のプログラムに参加しました。参加者は隙間通過介入群(20名)と対照群(18名)のいずれかに割り付けられました。いずれの群の参加者も,このプログラムにて一般的な理学療法を受けました。そのうえで,隙間通過介入群では狭い隙間を麻痺側から入る練習を行いました。対照群は直線歩行を行いました。

介入の前後において,隙間通過行動,一般的な歩行やバランス能力(10m歩行やTimed Up and Go testなど),転倒経験について評価した結果,隙間通過介入群では介入後の隙間通過行動において衝突率が低下し,隙間通過までの所要時間も短縮することがわかりました。この結果は,介入によってスムーズな衝突回避ができていることを示唆します。

一方,一般的な歩行やバランス能力,転倒経験についてはグループ間に有意差は見られませんでした。今回の研究では,介入の効果は,介入で経験した行動に直結した行動に留まったことを意味しています。

狭い隙間に対する体幹の回旋(turning behavior)は,通常歩行時と比べて転倒危険性が高いことがしばしば指摘されます。室井氏はこうした知見を根拠として,隙間通過時の体幹回旋行動を練習することは,長期的には転倒危険性の改善にもつながる可能性があると指摘しています。

今回の研究成果は,一つのテーマを長く継続した室井氏だからこそ得られた成果といえます。そうした優れた研究姿勢を見せてくれる同窓生がいることを,研究室一同誇りに思います。



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