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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#729 Self-generated perturbationという考え方(Kubicki et al. 2014をもとに)

今回は,Self-generated perturbation(自己発生的な外乱)という考え方について,Kubicki et al. (2014)の論文をもとに紹介したいと思います。

Kubicki, A. et al. Motor-prediction improvements after virtual rehabilitation in geriatrics: frail patients reveal different learning curves for movement and postural control. Neurophysiol Clin 44, 109-118, 2014

立位の状態で手を伸ばしてモノを取る行動は,極めて日常的な行動であり,通常はバランスを崩す感覚もありません。しかし力学的に見れば,手を前方に伸ばす行動によって支持基底面に対する重心位置が変化するため,手を伸ばしても立位姿勢を維持できるようにするための行動(counteract)をしなければ,バランスが悪い状況となります。

このように考えると,立位姿勢の状態で行う行動は,自らの姿勢維持にとっては脅威となりうる外乱事象であり, Self-generated perturbationと表現することができるわけです。

通常こうした場面では,手を伸ばす“前”に,バランスを維持するための姿勢の調整が起こります。こうした調整を,予測的姿勢調整(Anticipatory Postural Adjustment:APA)と呼びます。APAは私たちがほとんど意識することなく,脳が自動的に遂行しています。APAの存在は,脳が過去の経験に基づいて,これから起こる状況を予測し,最適な調整を行う能力を有していることを示しています。

高齢者になると,APAの生起に時間がかかる場合があります。これに対してフランスのKubicki氏らは,高齢者のAPA改善につながるトレーニングとして,バーチャルリアリティを用いたリーチ動作訓練の有用性を試しています。特に2014年の論文では,フレイルの高齢者でも,一定の訓練効果が認められることを報告しました。

高齢者46名が対象であり,トレーニング群と対照群に振り分けられました。全対象者が3週間,計6回のプログラムに参加し,フレイル高齢者に対する一般的なリハビリテーションを受けました。これに加えてトレーニング群では,バーチャル課題上でのリーチ動作を一定セッション受けました。この課題ではスクリーン上に半径10㎝のボール,針,バーチャルな手が映し出されす。バーチャルな手は,実際の手に連動して動きました。ボールが画面上のどこかに提示されたら,参加者は針を手でもってできるだけ素早くボールを割ることが求められました。

3週間のプログラムの前後で,リーチング課題実施中の手の動きや重心動揺の特性を比較検討しました。その結果,トレーニング群では,手の速度が速くなり,またCOPの移動速度も速くなりました。COPの移動速度が速くなること自体はいろいろな解釈が可能ですが,ここでは,状況に応じて素早くCOPの位置を調整できると解釈しています。

なお,プログラム中の評価と合わせて時系列的に見たところ,手の速度は3週間のプログラムにおいて連続的に改善したのに対し,COPの速度は,一定期間が空くといったん成績が低下し,再度トレーニングにともって改善していくという非連続的な改善を示しました。Kubicki氏らは,参加者にとって注意が向けられやすい手の動きの学習(顕在的学習)と,注意が向けられにくい姿勢調整の学習(潜在的学習)には独立した要素があり,後者は小脳が関わる学習で,学習に一定時間がかかることを反映しているのではないかと解釈しています。

Kubicki氏らの論文は,フレイルの高齢者であっても工夫次第で姿勢調整の再学習が可能であることを示唆しています。さらに,この論文は,立位時の行動がバランスの外乱となりうることに着目する意義についても示してくれています。



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